例えどんな相手だろうと、挨拶だけはちゃんとしなさい。挨拶は人の基本だ。両親がいないことで、きっとお前は苦労するだろう。心無いことを言われるかもしれない。でも挨拶だけはちゃんとしなさい。挨拶をちゃんとすれば、例え誰に何を言われようと、お前はきちんとした人間なのだと人に分かってもらえるから。
今は亡き育ての親の教えだ。ぶっちゃけそう言ったその時すでに亡き人物だったわけだが、それはどうでもいい。俺が死人に育てられたとか、思春期に幽霊との共同生活をしてたとか、そういうのもどうでもいい。俺、よくグレずに真っ当に育ったな。まあいい。大事なのは育ての親が挨拶はちゃんとしろ、と俺にキツく言い付けたことと、俺がそれを今でもきっちり守っている、ということとあと一つ。

「おはよ!」
「あ…」

どうやら正義の戦士の皆さんはそう育てられてないらしい、ということだけだ。
これってどうなの。両親いなくて縁も所縁も無い初対面のオッサンに育てられた俺でさえ、挨拶が人の基本だって知ってるのに。正義の戦士って言ったらほら、キラキラしてるもんじゃないの。迸る汗、眩しい笑顔、輝く白い歯! とかそんな感じなんじゃないの。目も合わせてもらえないんだけど。このギクシャクっぷりで俺たち本当に世界を救ったりできるのだろうか。俺が不安になるのもしょうがないと思う。そして俺が不安に思ってるのと同じくらい、きっと仲間の皆さんも不安になってると思う。何せ俺たち、昨日が初対面ですので。
絶対にこっちを見ようとしない女の子の前に立ち続けるのも申し訳なくて、立ち去ることにした。顔を洗うために女の子の後ろにある小川に行きたかったのだが、あの様子では隣を通っただけでも怯えられるだろう。顔を洗うのは後にして、一度テントに戻ろう。俺が背を向けたら女の子は明らかにホッとしていて、結構傷付いた。俺たち仲間だよね? 俺だけが不審者なんじゃないよね? なんだか自信が無くなってきた。俺のいない所で皆が仲良くしてたらどうしよう。

話は昨日に遡る。
ふ、と目を覚ました俺は、自分が眠ってしまっていたことに気が付いた。もう日は傾いていて、あーしまった恋人に謝らなきゃ、と思ったのだ。何かを約束していたわけでは無いが、一緒に過ごせなかったことに対して。上半身を起こして、辺りを見回して、そこが見覚えの無い場所だと知った俺は逆に冷静だった。俺と同じように起き上った人が何人もいたからだ。
白くて広い場所だった。倒れていたのは俺を含めて10人。皆寝ぼけたように辺りを見回して、首を傾げていた。混乱を通り過ぎると冷静になるのだと、俺は初めて知った。そういえば廃墟に流れ着いた時も、そこから更に流された時も、俺結構冷静だったしな。意外と逆境に強いのかも。
一緒に倒れてはいたものの、敵なのか味方なのか分からない。取り敢えず武器とか構えとこうかと思ったら、すごい美人が現れた。空中に。直立で。神々しい光を放ちながら。なんの冗談かと思った。笑いそうになったけど、皆真面目な顔してたから我慢した。
さて光りまくる美人の小難しい話を要約すると、つまり俺たちは力を合わせて悪と戦わねばならないらしい。なんの冗談かと思った。また笑いそうになったけど、やっぱり皆真面目な顔してたから我慢した。
いやだって知らない人じゃないッスか。例え知らない人だとしてもさ、手順ってものがあるじゃない。出会って、知り合って、仲良くなって、それからようやく同じ目的に向かって頑張りましょうか、となるわけじゃない。それが突然「この人ら仲間だから」とか言われても。
俺を含めた10人の反応はというと、大真面目な顔して美人さんに頷いているのが三人、これドッキリだろと猜疑心にまみれた顔をしているのが三人、頭が空っぽなのか馬鹿なのかヘラヘラしているのが三人。唯一の女の子は不安そうにキョロキョロしていた。ちなみに言うまでも無いが、俺はヘラヘラしていた馬鹿の内の一人だ。
話の真偽が置いておいて、今日はもう日も暮れるし寝ましょうか、となったのが大体その一時間後くらいだ。女神サマだと判明した美人さんはとっくに消えていて、俺たちは離れてそれぞれ座っていた。一応焚火なんかもしてみてはいるが、誰も火には近寄らない。それどころか、他の人にも近寄らない。俺も他の人とは十分に距離をとって、結局取り出した剣を腕に抱え、ぼんやりとボールを触っていた。
寝ようか、となって、それぞれこの白くてだだっ広い空間に散っていく。間違っても誰かとくっついて寝ようという奴はいない。当然だ。あの女神サマが本当に正義の使者だという保証はない。ここにいる誰かと、もしくは自分以外の全員と組んで自分を殺しにきている可能性も捨てきれない。俺も遮蔽物になりそうな柱に向かい、一歩を踏み出した。
しかし俺は、結構ファザコンなのである。この場合の父は、実父では無い。育ての親の方を指す。育ての親はいつも言っていた。
朝起きたらおはようと言え、出掛ける時は行ってきます、帰ってきたらただいま、食べる前はいただきます、食べ終わったらごちそうさま。そして寝る時はおやすみだ。必ず挨拶をしなさい。好きな人にはもちろん、嫌いな人でも、信用していなくても、お前を嫌っている人でも、必ず挨拶をしなさい。そうすればお前の魂は、いつでも清らかで高潔でいられる。
俺が近所のガキに親がいないとからかわれ泣かされた時も、家にまで押しかけた記者にしつこく追いかけ回されて父親のことを聞かれた時も、七光りと陰口を叩かれた時も、俺を不器用に慰めた後必ずこう言ったのだ。育ての親には二つの世界を股にかけてまで面倒を見て貰った恩がある。なので俺は、素直に言い付けを守ることにした。

「じゃ、おやすみ!」

オッサンの言う事なんか真に受けるんじゃなかったと深く後悔した。
正義の戦士の皆さんは、挨拶をした俺に返答をすることは一切無く、ただ胡散臭そうな目を向けただけだった。なんで挨拶した俺の方が頭がおかしいみたいになってんの。

これが昨日の出来事で、そして今、俺たちは三つのチームに分かれて探索を行っていた。これがまた地獄みたいな苦行だった。
俺のチームにいるのは、全身真っ黒で顔に傷があるイケメンと、金髪のツンツン頭のイケメンだ。何このイケメン率。そもそも正義の戦士は顔で選ばれたんじゃないかというくらいイケメン率が高い。

「あ、スコー…ル? 血ィ出てるッスよ。ポーション使う?」
「……」
「……」
「……」
「クラ…ウドさんもいるッスかー…?」
「……」

これだよこれ。何なんだよ。言っとくけどな、俺だってお前らの事全く信用してないからな。でも気ぃ遣ってんじゃん。人間関係を円滑にしようと頑張ってんじゃん。シカト一辺倒の君らよりよっぽど大人じゃないですかーあ?
嫌味も言えない。何故ならそこまで打ち解けていないから。今嫌味なんか言ったら、間違いなく敵だと思われて攻撃される。ただでさえ頭の固そうな二人だ。なんで俺こんなチームに入っちゃったの。でもあみだクジで決めたからしょうがなかったの。
あーあ、恋しい恋しい。あの尻尾の子が恋しい。

おおよそ人間っぽい10人の中で、明らかに一人だけ人間じゃなかった。人間と獣人の中間みたいな感じ。より正確に言うと、人間に獣の尻尾くっ付けたみたいな感じ。大分ちっこくて、もしかしたらまだ12歳とかかもしれない。
彼は女神サマの有難いお話に、俺と同じく笑っていた三人の内の一人だ。それだけでもう好感が持てる。そろって猜疑心組である目の前の二人に対する好感度を5とするなら、尻尾くんは100だ。それくらい違う。ちなみに大真面目組はゼロである。マイナス寄りの、ゼロである。アイツらは詐欺に引っかかるタイプだ。絶対。
それに何より、本当に何より、彼は挨拶を返してくれたのだ。たった一人、あの、こいつ空気読めねぇなって視線の中で。ちょっと呆れたように笑って。小さな声で「おやすみ」って言ってくれたのだ。しかも片手を軽く振って。惚れない方が無理だろ。
育ての親は言っていた。挨拶は人間の基本だと。挨拶さえ出来れば、その相手は少なくとも会話が出来ると。つまりこの正義の戦士たちの中で、唯一尻尾くんが会話が出来る相手なのだ。ああ尻尾くんに会いたい。会ってあのやけに気障で格好いい笑顔で名前を呼んで欲しい。ダメだ俺大分この状況に参ってるな。相手12歳とかだぞ。あの小ささは。落ち着け俺。いくらなんでも12歳に心の拠り所を求めちゃダメだろ。

「お、泉発見!」
「……」
「……」
「休憩とかするッスか?」
「……」
「……」
「…じゃあこのまま進むってことでー…」

尻尾くん、俺は今猛烈に君に会いたいよ。戻ったら隣で飯食ってみよう。


*****


超弩級の美人に助けてくれと懇願されて、笑ったのは俺を含めて三人。俺ともう一人の茶髪はこの状況の判断を付けかねて取り敢えず場繋ぎ程度に口を笑みの形に持ち上げただけだが、もう一人のくすんだ金髪は完全に冗談だと思ったのか吹き出した。女神が現れた時も笑っていたのを見たし、不真面目というよりは緊張感の無いタイプなのだろう。金髪はニヤニヤと辺りを見回して、そして笑っているのが少数派だと知ると、一瞬悪戯が見つかった子供のような顔をした後すぐさま真面目な顔をしてみせた。だが口元はまだ笑っている。
目をキョロキョロと動かして、比較的近くにいたバンダナをした銀髪、顔に傷のある黒髪、ツンツンヘアの金髪の表情を確かめているようだ。そしてやっぱり一瞬苦いものを食べたような、声を付けるなら「うげぇ」とでも言うような顔をして、その後は完璧に顔を引き締める。今は笑っちゃいけない場面だと気付いたのだろう。黙っていれば中々整った顔をしているのに、表情は完璧に子供だ。さぞかしレディの庇護欲をそそるだろうな、と、俺はそいつの斜め後ろで考えていた。

図体はでかいが、もしかしたら俺より年下かもしれない。14歳だと言われても納得できるような幼さだ。他の奴らと同じように剣を抱え、退屈そうにボールを弄ぶそいつを見ながら考える。
一緒に目覚めた10人のうち、一人がレディであとは男。むさ苦しいことこの上ない。折角だしレディとお近づきになりたいものだが、あそこまで怯えた目をされてしまっては傍に寄る所か視線を向けるのさえ申し訳ない。かといってむさ苦しい男なんか眺めたくもない。必然的に、俺はそこまでむさ苦しさを感じないちびっ子騎士か、ガキ丸出しのあの金髪を観察することになった。
器用なもので、ガキは一度もボールを落とさずに額の上で跳ねさせている。妙な突起が付いたボールは当たりどころによっては見当違いの方向に飛んでいってしまいそうなものだが、垂直に跳んでは額に落ちる。ボール遊びが好きなんて本当にガキだな。一際高く跳ねたボールは、やはり真っ直ぐ落ちてガキの手の中へ。丁度その時、女性めいてさえ見える美貌を持った銀髪の騎士が、不意に声を上げた。

「今日はもう遅いし、そろそろ寝ようか」

ある意味での休戦協定だ。攻撃はしない、だから攻撃するなよ。っていう。自分一人が眠るのは無理だが、全員一緒に眠るふりでもすれば、取り敢えず横にはなれる。
全員が理解していた。少なくとも、俺はそう思った。だが腰を上げ、他の奴らの動きを見ながら距離を測りつつジリリと下がって行く10人の中でただ一人、やっぱり緊張感の無いヤツがいた。

「そッスね〜。じゃ、おやすみ!」

朗らかに、笑みさえ浮かべている。何かもういっそ俺は憐れになった。可哀そうになってしまった。多分こいつ、ここにいるべき人間じゃ無いんだ。そう思った。可哀そうに、間違って飛ばされてきただけの子供なんだ。
誰からも返事が無いどころか白けた視線を向けられて、ガキの眉尻が少し下がる。口をきゅっと結んで不満気に尖らせて、まんま子供だ。クルリと一回転をさせて剣を消すと、ガキは両手でボールを抱えて背を向けようとする。馬鹿、まだ敵じゃないってはっきりした訳じゃないんだから、そんな簡単に武器を手放したり背中見せたら駄目だろ。こういう時はさりげなく、でも相手に分かるように距離を測って、何となく同じペースで後退していくもんなんだよ。そんなあっさり後ろを向いて、その瞬間に背中から襲われたらどうするんだ。
その肩があんまりにも下がっているもんだから、俺は思わず手を上げた。背中を向けかけたそいつにも分かるようにヒラヒラと振って、顔を上げたタイミングで声を掛けてやる。

「おやすみ」

小さな声だが、ガキにはしっかり届いたようだ。その瞬間の輝くばかりの笑顔を見て俺は確信した。少なくとも、こいつは敵じゃないな。そんな頭があるようには見えない。むしろ守ってやらねばならないタイプのような気がする。見てると見事に庇護欲を掻き立てられる。
チラリと見れば、何人かが同じように心配そうな顔でガキを見詰めていた。

あーあ、さっさとアイツに話しかけとけば良かった。
一日経って、本日は三チームに分かれての探索である。公平を期すためにチームはあみだクジで決められた。発案者は当然あのガキだ。元気に「あみだクジ作るッスよー!」とか言い出して、俺はもうハラハラしてしまった。アホな息子を持った母親の心境に近い。そんな元気に言って、あまつさえ自分の武器である剣でガリガリ地面にあみだクジなんか描いて、誰か、主に根暗そうな黒髪や厳しそうな角兜に怒られたらどうするんだ。たった一晩で完全に俺はこのガキに絆されてしまっていた。あのアホで場違いな言動が心配で仕方ない。会話さえしてないのに保護者の心境。この俺ともあろうものが何たるザマだ。
結局ガキの提案通りあみだクジで決められたチーム分けだが、これが結構キツかった。本当、こんなことならさっさとアイツに話しかけて、チームを組もうと誘ってしまえば良かった。そうすれば少なくとも、この居心地の悪さは無かった筈だ。

「秩序を担うか…責任は重大だな」
「ああ、コスモスのため、必ずやこの世界を救ってみせよう」
「そうだな。俺たちを信じてくれている、それだけで力が湧いてくるようだ」

よりによって、俺はあの美人の言葉を盲目的に信じる二人と同じチームに振り分けられてしまった。角付きとバンダナの二人は、大真面目な顔で話し合っている。悪い奴らじゃないってのは分かる。多分敵でも無いだろう。でもなぁ、いきなり現れて「女神です」って名乗ったレディを、いくら美人だからってあっさり信じるのはどうなんだ。まだ冗談だと思って笑ったあのガキの方が好感を持てる。少なくともアイツは、知らない人の言葉を信じ込みはしなかった。
俺は盗賊だ。それこそ物心ついた時から劇団を隠れ蓑にした盗賊団で、芝居をやりつつ荒稼ぎをしていた。人の表面なんていくらでも取り繕えるのだと、その身を持って知ってしまっている。あの女神を名乗る美人が嘘を吐いているとは言わない。恐らくだが、本当のことを言っているだろう。根拠は無い。全て盗賊の勘だ。だがだからと言って、頭から信じるのは違う。
職業病のようなものなのだ。俺は誰の言うことだろうと、それこそ育ててくれた団長や、共に育った親友の言葉くらいでないと、裏も取らずに信じることは出来ない。まず最初に疑いから入ってしまう。きっとこの純粋そうな二人とは、真逆なのだ。

「君も、一緒に頑張ろうな!」
「え? ああ、うん。そうだな」
「光は、我らと共にある」

あー会いたい。あのアホ丸出しのガキに会いたい。
知らない人の言葉を疑う程度の分別はある、でも決定的にアホで場違いなアイツに会いたい。今朝も元気に挨拶して、唯一のレディに怯えられてたな。なんてアホなんだ。
だが恐らくきっと、今現在この唐突な仲間たちの中では最も信頼できる相手だろう。なんてったって、アイツ多分だが戦士じゃない。剣の振り方を知ってるだけの素人だ。これ以上信頼できる相手はいないだろう。例え戦っても絶対勝てるって確信があるのだから。

絆されてたって保護者気取りだって何だっていい。戻ったら今度こそ声を掛けよう。そして今夜は隣で寝てやろう。例えばこの10人の中に敵がいたとしても、アイツが攻撃される前に俺が気付いて起こしてやれるように。






2012/11/13 00:16
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