俺はユウナが好きです。ユウナのことが大好きです。どのくらい好きかというと、比喩ではなく死んでもいいくらい好きです。実際死にました。そのくらいユウナのことが好きでたまりません。世界で一番好き。世界で一番可愛い。世界で一番愛してる俺の女神。魂まで捧げるとここに誓う。つまりそれくらい好き。
そのことを念頭に置いて、ちょっと俺の独白を聞いて欲しい。

消えて目覚めて水面に出たら二年が経っていた。いやマジで。俺にとっては一瞬だったんだけど、現実世界では丸二年。ユウナには二年分の葛藤とか寂しさとか我慢とか諸々あるわけで。あんだけ恰好良く消えたのに直後じゃーんという照れ臭さは俺にしかなく、そりゃもう再会を喜ばれた。ユウナはなんか凄いのをまた倒してきた帰りらしく、島を挙げてのお祭り騒ぎの中ワッカとルールーには泣かれちゃったりした。それはまぁいいんだけど、いややっぱり俺にとっては一瞬しか経ってないから微妙に気まずいというか置いてきぼりというか、まぁそれはいいんだよ。今はどうでもいい。大事なのはそこじゃない。
大事なのは、二年って長いよねってことだ。
二年経って、愛しいあの子は大人っぽくなった。可愛くなった。綺麗になって、あの頃よりも明るくなった。
そして、イトコにとても良く似ていた。
それはいい、それはいいんだ。素晴らしいことだと思うよ。十七年間も伸し掛かっていた重圧が消えて、やっと自由になったんだ。楽しいことをいっぱい知って、思う存分遊べばいいのだ。それを俺も望んでたんだし、実際そういうユウナを見て俺の決断は正しかったんだとか思ってこっそり涙ぐんだりもしたわけよ。
ただ件のイトコちゃんが俺の親友である、という点に関しては、少々問題があった。

親友であるリュックは、いい奴だ。そして多分一般的に見て、可愛い。と思う。なぜそんなに曖昧なのかといえば、そういう目で見たことがないからだ。最初会ったときはそれどころじゃ無いくらい生きるか死ぬかの崖っぷちだったし、次に会ったときは既にユウナとの運命の出会いをしてしまっていた。だから可愛いとか可愛くないとか以前に、リュックは恩人で親友でいい奴、ついでに好きな子のイトコ、という方程式が出来上がってしまっていた。
リュックはアホだ。そして、俺も同レベルのアホだ。アホな俺たち二人組は旅の最中も何かとつるんでいた。キマリによじ登るのも、ワッカにお菓子を強請るのも、アーロンに絡むのも、一連の流れでルールーに怒られる所まで二人一緒だった。さらに二年経った今では同い年になったこともあり、旅の途中以上につるむようになった。ユウナを含む大人たちは色々と忙しいので、二人っきりでビーチフラッグ王座決定戦とかしたし、砂浜でアーロンの像とか作った。アーロンの像はなかなかの自信作だったのだが、通りがかったワッカに「お、タコかそれ?」と言われたのでそっと崩した。砂で出来たアーロンはあっという間に跡形もなく無くなって、ちょっと悲しくなった。
そんな、アホなのである。リュックと俺は。この際アホはどうでもいい。リュックと俺が同類だということが重要だ。まるで双子、半身、片割れ。そんなリュックに、ユウナが似てしまった。
似た仕草も、表情も、普段はあの悲愴だったユウナがこんなに明るくなって、とむしろ感動すら覚える。笑う時口を開いて大きな声を出す様になった。怒ってる時や拗ねてる時は我慢せず、無理に押し込めることが無くなった。凄い、最高に可愛い。天使。
だがキスしようとした瞬間、抱きしめた瞬間、ふとリュックに似たな、と感じてしまったらもうダメ。全然ダメ。全くダメ。
ムラっとこない。

もう一度おさらいだ。俺はユウナが大好きだ。ユウナのためなら喜んで死ぬし、親父を殺すし、恰好良く空中ダイブもする。それくらい愛してる。彼女のために故郷を消し飛ばして良く知らない世界救っちゃう程度には愛してる。
だが俺がそんなにも愛したユウナは、真面目で真摯で、ちょっと悲しそうに笑う物静かな女の子だったのだ。あの頃の君じゃなきゃ愛せないなんて言うつもりはない。どんなユウナだって愛する自身はある。でもさ、でもだよ。ちょっと考えてみてよ。皆にとっては二年だよ。長いよね、二年。でも俺にとってはついこないだなんだって。ほんと最近なんだって。目を閉じた次の瞬間だからね、俺が目覚めたの。体感ではあの旅からまだ一か月と経ってないんだからね。
なのに一瞬寝て目を開けたらあんな清楚だった彼女が! 鉄壁のガードを誇っていた厚着が! 可愛い寝癖が! なにもかも無くなっていたのですのよ! そしていたのは親友によく似た服装と言動のニューユウナだったわけです。
俺があんなに見たいと願った太腿も、いつかこの手でと妄想したおへそも、これくらいなら許されるかもと期待した細い腕も、何もかも。白日の下にさらされているのですよ。御馳走様です。いやそうじゃなかった。素敵だと思います。ええ、素晴らしいと思います。最高ですよ。世界救ってよかったって心から思いましたよ。
でもね、でもね、ちょっと…そう、ちょっと。リュックに似過ぎじゃない…?

俺はね、あの旅の最中よく耐えたと思います。十七の男がだよ。好きな子と二十四時間一緒にいてだよ。キス以上何もしなかったんだよ。ぶっちゃけチャンスはあった。でも耐えたんですよ、俺は。そして旅は終わって、知らないうちに二年経ってたとはいえ平和で、ユウナは俺を探すために世界飛び回るほど奮闘してくれて、再会の暁には熱いチューまでしてくれて。
もう一歩進みたいな、なんて、思っても罰は当たらないと思うんですよ。むしろそれくらいの権利はあるに決まってると思うんですよ。だって俺とユウナがいなかったらこの世界もうとっくに滅んでるんだし。
で、ここで本題に入るわけだ。
手が出せない。
ふとした瞬間のユウナがあんまりにもリュックに似てるもんだから。

大問題だよ。これ大問題だよ。どうすんだよこれ。
俺がリュックに欲情する性質なら良かった。でも俺、親友だけは間違ってもそういう目で見れない。ていうか、もしそういう目で見てたら間違いなく親友になってなかった。お互いにそういう所を全く意識しなかったから親友になれたとも言える。
ある意味ね、聖域なわけですよ。俺にとってのリュックは。ユウナも聖域だけど、こっちはむしろ侵入したいタイプの聖域じゃない。そこに存在することを許してほしい、中に入りたい、住みたいタイプの聖域じゃない。でもリュックはそれとは正反対。全然知らない世界で俺を最初に見つけてくれた救世主、同じ女の子を守ると決めた同士、半身とも言えるアホ。それがリュックだ。リュックという聖域を、俺は絶対に踏み荒らさない。一緒に遊ぼうとノックはするけれど、中に住みたいと思ったことはない。でも中に俺の写真を飾ってくれてたら嬉しいな、と思う。
例えばユウナが誰かに傷付けられたら、俺は真っ先に慰めるだろう。抱き締めて、傷を癒して、泣き止むまでずっとそばにいる。だがもしもリュックが誰かに傷付けられたら、俺は慰めたりはしない。それは何て言ったか…ほらあの、リュックと良い感じの男の役目だ。俺は剣を持って飛び出して、リュックを傷付けた誰かを完膚無きまでに叩きのめしに行く。そいつが死にたいくらい後悔して、地面に頭を擦りつけながらリュックに謝るまで許さない。ユウナが傷付けられたら、きっとリュックがそうするように。なんていうか、そういう事なのだ。つまりリュックはユウナと違う意味で俺の聖域なのだ。分かる?
俺はよく説明が下手だと言われる。

もうなんかグルグルしてきて良く分からないが、つまり、リュックの面影がある限り俺はユウナに手が出せない。大事なのはそれだけだ。
大好きな女の子と良い感じなのに、親友に似てるから手が出せない。なにそれ笑えない。何にも面白くない。

「でもしょうがないじゃん、しょうがないッスよ。めっちゃ悪いことしてる気分になるんだもん。思わず手ぇ引っ込めちゃうんだもん。あ、似てるなーとか思いながら事に及んだが最後、もう二度とどっちの顔も見れない自信あるんだもん。しょうがないッス…」
「そんな所でどうしたの?」
「ふぉっ!?」

勢いよく振り返ったら、そこには部屋の入り口からこちらを覗くユウナの姿があった。北向きの部屋の中は薄暗く、外からの明かりが逆光になってユウナの表情はいまいち判然としない。全く何も悪い事はしてないはずなのに何故か後ろめたい気持ちになって、慌てて立ち上がった。その拍子に膝が戸棚に当たって、その上にあったイナミ作の何だかよくわからない粘土の置物が落ちる。ガシャン、と音がして、カエルだかウシだか俺だかの置物は真っ二つに割れてしまった。

「あ!」
「ああ、割れちゃったね」
「しまった…」
「イナミには謝って、また新しいのを作ってもらおうか」
「うん…ゴメン」
「ふふ、なんでそんなに慌ててたの?」

イナミは今空前の粘土ブームだから、きっとこの不可思議なオブジェを割ったことを伝えても怒らず、それどころか嬉々として次のオブジェの制作に取り掛かってくれるだろう。だから大丈夫なんだけど、小さなイナミがこのオブジェを俺に差し出した時の輝くような笑顔を思い出して少し落ち込む。そんな俺を慰めるように、歩み寄ったユウナが俺の頬に手を伸ばした。俺よりも大人になっちゃったんだな、とこういう時に感じる。あの時は同じ場所に立っていたのに、俺の知らない二年でユウナは少しだけ先に行ってしまった。その二年を一緒に過ごせていたら、俺も大人っぽくなっていたのだろうか。

「んー、なんでもないッスよ」
「そうッスか」

ユウナの手に頬を擦り付けて答えれば、俺の口癖を真似たユウナがまた笑った。お、イイ雰囲気。そっと手を伸ばし、ユウナの頬にかかった髪を避ける。ユウナが目を細めて、口を閉じて、顔を少し上に向けて、その瞬間。俺の手はピタリと動きを止めた。
あ、ヤベ。そう思うヒマも無く、不思議そうにユウナが目を開いて俺を見る。でも俺の手は動いてくれない。完全に固まって、それどころか俺の意思に反してユウナの顔から離れていく。
ああそんな、そんなのって無いだろう。ていうかこれはヤバいだろう。明らかに不審。どう見ても不審。だって今完全にキスする流れだった。どう考えたって、キスしないという選択肢は存在してなかった。なのに俺の手は慎ましく体の脇に鎮座ましまして、もうユウナに向かおうとはしてくれない。理由なんて考えるまでもない。少し背伸びしたユウナが、期待を込めて薄く笑んだ口元が、細められた瞳の奥に覗く悪戯そうな光が、リュックにこれ以上なく似ていたからだ。
やばいやばいやばい。俺のそこまで回転の速くない、筋肉質な脳味噌で考える。何か言い訳をしなくては。でも訝しんだ目で俺を見るユウナが納得できるような言い訳ってなに?
実は俺、男が好きなんだ。…アホか。アホだけど。
夜にならなきゃヤダ。…純粋に気持ち悪い。
君の瞳があんまり綺麗で。…熱でも出たかと心配されるな。
駄目だ。何も思いつかない。状況を打破できない。何もかも俺がアホのせいだ。

「あの、私…なんかダメだったかな」

俺がアホのせいだ! ほら見ろ、ユウナが責任感じちゃったじゃないか。違うんだ、ユウナ違うんだ。悪いのは俺なんだよ。いい歳して女の子のことを聖域だの親友だの言っちゃってる俺が全部悪いんだよ。夢見がちな十代気取っちゃって、ユウナに誤解をさせている。故郷では散々遊んだくせに、スピラじゃ誰も知らないのをいいことに純情ぶってる俺が一番悪いんだ。ユウナが目を伏せる必要なんて無いし、悲しそうに微笑む必要も…っていうか。
いいよいいよユウナん。その顔いいよ! まさしく俺の知ってるユウナだよ! リュックの欠片も無い、あのグルグルウイルスに浸食されてないユウナだよ!
分かってる。二年の長さはもうよく分かってる。俺の不在がどれだけユウナに影響したのかも散々この目で見た。でもね、でもだよ。何度でも言うよ。俺にとっては一瞬なんだってば。
一瞬目を閉じて、次の瞬間には恋人が不思議系にシフトチェンジしてました。そうとしか言いようの無い状況なんだって。それでもユウナのことは大好きだけど、所詮十代の小僧の俺には乗り越えるのにまだ時間が掛かるんだって。だってまだ一か月も経って無いんだ。だからこの悲劇は生まれた。
でもユウナ。今の表情は完璧だ。まさしく俺の知ってるユウナ。一緒に旅をしたユウナ。一目見て確信した、俺の運命の女神。
俺は抱き締めた。不安そうにするユウナを強く強く。俺に拒絶されたと思っていたユウナは、腕の中で不思議そうに俺の名前を呼ぶ。腕の中に閉じ込めてしまえば、俺が違和感を覚える仕草も表情も見えない。おそるおそる俺の背中に回る腕が愛しくて、ちょっと泣きそうだ。もうね、本当に好きなんだよ。ユウナしか見えないんだよ。だからそこにリュックといえども他人が見えることに、俺は困惑しちゃうんですよ。

「俺、ユウナのことすっごい好きなんスよ」
「そんなの、もう知ってるよ」
「だよね」
「私も好きだよ、キミのこと」
「知ってる」
「ふふふ」

ああ俺たち今すっごく良い感じじゃない? そうだ、抱き締めればいいのだ。俺って天才。ユウナの髪に頬を押し付けて、この幸せを堪能する。生きてて良かった。
さて、問題はこれからだ。今回は運よく上手くいったけど、今後もそうとは限らない。ユウナが誤魔化されなくなる日も近いだろう。その前に、手を打たねば。世間知らずのユウナんだって、そこまでふわふわとはしていない。ていうかそれ以前に俺がね。うん、手を出したいですよね。そろそろ。一歩先にさ、進みたいよね。だって男の子なんだもの。我慢に我慢を重ねた旅から体感で一か月、世間的には二年。もう俺いいよね。じゃないと爆発しちゃいそう。
腕の力を強めつつ、俺は悩んだ。
そもそもの元凶であるリュックに相談すれば本人と、パインさんに伝わる可能性がある。パインさんなんか怖くて俺苦手なんだよ…。というか、女の子には相談し辛いし。同じ理由でルールーもダメだ。しかしワッカやキマリに相談しても、いい答えが見つかるとは思えない。あいつらに恋愛相談して良い結果が出るわけない。じゃあ誰に相談すればいいんだ。いっそアニキにでも相談するか。そうだ、それがいい。アニキだって一応ユウナのイトコで、リュックの兄なんだ。きっと何らかの解決策を提示してくれるだろう。してくれますように。お前の親族なんだから責任取れよってことで、よしオッケー。
明日の朝イチで飛空艇に乗り込むことを心に決め、今はただ腕の中のユウナを強く抱き締めた。きっと何とかなるよね、だって俺ユウナのこと愛してるんだもん。どうにもならなくたって、その時は諦めてあの頃のユウナの衣装を着て貰おう。俺は見える場所よりも見えない場所を想像して興奮するタイプだ。

俺にとっては一瞬でも、長い長い二年だ。その間にユウナのぽやぽやが失われていないことを祈りつつ、俺は何とかして打開策を見つけると誓った。だが取り敢えず今はただ、腕の中の愛しい女の子を抱きしめることに専念しようと思う。






2012/10/22 21:51
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