ああなんて悪夢だ。
絶望だ。これは絶望だ。今まさしく、俺は絶望の中にいる。



貧弱な秩序の戦士たちを弄んで、ああ正義なんて下らないものを振りかざすからと同情して、いざトドメをさそうと地面を蹴ったのだ、俺は。三人掛かりで俺一人倒せない軟弱なら、ここで消滅しとく方がこいつらの為でもあるだろう。剣を振りかざし、ニヤニヤと悪役らしく笑って、一番手近な女に切り掛かった。満身創痍の、魔女。俺よりよほど混沌らしい、黒尽くめに派手な化粧の女。

「ははっ、死ねよ…お、お?」

嘲る俺の視線と魔女の視線が絡んで、髪と服装と同じく真っ黒な目を認識して、そして俺は剣を手放した。咄嗟に放り出した剣は慣性のまま飛んで何も無い所へ落ちたが、勢いの付いた体はそうもいかない。必死に体を捻って回転することで余分な力を殺し、何とか魔女に向かっていた体の軌道を逸らし地面に着地する。ズザザと靴底が地面を擦って、膝を付く。背後で魔女が構えていた氷塊と炎弾が岩場に当たり爆散する音がした。俺と同じく魔女も途中で攻撃を手放したのだろう。
背中を冷たい汗が伝う。そっと立ち上がるが、顔は上げられない。擦り剥いた膝が痛い。右手で左肘を持ち、視線を斜め下に落としたまま、どうにかこうにか俺は声を出した。

「ご、ご機嫌うるわしゅう…?」
「アンタ何してるの」

無視された。俺の精一杯のご機嫌取りは呆気なく無かったことにされた。
そろりと視線を上げる。そこには状況が飲み込めず唖然とする秩序の戦士二人を従えた魔女が、いやもう言ってしまおう、ルールーが。そう、俺の怒らせたくない人堂々の一位に燦然と輝くルールーが。腕組みをして立っていた。
悪夢だ。

「なにって言うか…あの、なに…って言うほどの、こと、も…」

しどろもどろだよ。凄く俺今しどろもどろだよ。

「言えないようなことしてたわけね?」
「いや! 決して…そんな、ことは…」

あるんだけど、言えるはず無い。簡単に言っちゃえば義姉なのだ、ルールーは。いっそ義母でもいい。絶対に怒らせたく無いし、怒ったら世界で一番怖い。何か知らないけど混沌に配属されてて、それに疑問も一切持たずに今日まで悪役満喫してました、なんて言えない。「尻尾切り取っちまうぞ!」とか言いながら秩序の戦士追いかけ回してました、なんて言えない。…絶対言えない。

「じゃあ何でそこにいるの」
「えぇーっと…」

冷静に言われると、俺の方こそ自分が何でここにいるのか分からないことに気が付いた。どんだけ曖昧に生きてきたの俺。だがそんなことより、今は言い訳を捻り出さねばならない。分かりません、と言ったが最後、分からないのにこんなことをしていたのかと激怒されるのは目に見えている。
仕方なく俺は、視線を空に彷徨わせ、どうにか整合性のありそうな言い訳を必死に考えた。

「あのー、えー…シー…モア、が。そう、シーモアが、やれって…」

整合性あるかなぁ!? これぇ!?
チラ、と黙り込んだルールーを見る。凍えそうなほど冷え切った表情に、すぐさま俯く。どっちだ、アレは。下らない嘘を吐いた俺に対する怒りか、それともあのしつこいストーカー男に対する怒りか。当然ながら俺のバレバレな嘘への怒りの確率の方が圧倒的に高いが、もしかしたら億に一つくらいの可能性でストーカー憎しのあまり信じてくれるかもしれない。信じてくれたらいいのに。

「シーモアが?」
「うん、シーモアが…。やらないと、あの、お前の髪も固めるぞって…」

何を口走ってるんだ俺は。そもそもシーモアここにいないし。今頃大人しく異界で幻光虫やってるだろうし。
ルールーの追及から逃れるため、助けを求めてそっと辺りを見回す。誰か俺を庇ってくれないかと思ったが、残念ながら人影はない。

「キマリはいないわよ」
「うっ…」

俺が何を探していたか、すぐに理解したらしいルールーにぴしゃりと言われる。
ロンゾは、体の大きい種族だ。小さい小さいと言われるキマリだって俺の2倍近くあった。
だからロンゾは、小さいものが好きだ。
俺がアーロンやルールーに叱られている時、キマリはいつも助けてくれた。リュックが叱られていると、どんなに離れた場所からでも庇いに行っていた。俺とリュックがまとめて叱られている時なんかは、あの拙い喋り方で俺たち以上に必死に、悪気は一切無かった、二度と同じ過ちを繰り返さないと語っていたくらいだ。でもワッカが叱られている時は素知らぬ顔をしていた。ユウナはそもそも怒られるようなことをしない。
小さくて、幼いものが好きなのだ、ロンゾは。ロンゾの子供時代は短いから、いつまでたっても小さくて幼いままの人間の子供が尚更可愛く見える、とブリッツの大会で知り合ったロンゾ族のお姉さんが言っていた。ロンゾは思慮深い種族でもあるので、青年期の人間でもまだまだヤンチャで無鉄砲な子供に見えるらしい。ロンゾは滅多にガガゼトから出ないので、人間の子供と知り合う機会はまず無い。だから偶然にでも知り合えたなら、可愛がりたくて仕方が無くなるそうだ。
だって散々キマリに嫌がらせをしていたあのロンゾの二人組だって、俺とリュック、ユウナだけで傍にキマリや保護者たちがいないと分かると、ポケットから飴玉を取り出して俺たちにくれたりしていたのだ。そのうち見かけたらこちらから飴玉を貰いに寄って行くようになると、ポケットの中のお菓子はいつの間にか増えて、飴玉以外にもチョコやガムをくれるようになった。でもキマリがいると途端に嫌味で卑怯な奴らになるから、ユウナは凄く混乱していた。
まあつまり何が言いたいかっていうと、キマリさえいればこの場は丸く収まるってことだ。あの大きな体を精一杯小さく丸めて、それでも巨大で、しょんぼりと項垂れて地面に座られると、なんだか許してやらねばという気がする、と酔ったアーロンが言っていた。しかも謝ってるキマリは全く悪くないし、隣で一緒に縮こまる俺は巨体との対比で尚更小さく見えて哀れさが増すしで、怒っている方が悪い事をしている気になるのだそうだ。
だからキマリ、俺を助けて。そう思ってはみても残念ながら、シーモアと同じくキマリもここには居ないのだ。
もうこうなったら全力でシーモアに罪を被せるしかない。だって一瞬だけ盗み見たルールーの目は氷点下だ。あれは俺とワッカがエボン=ジュ放り出してブリッツにかまけていた時並みに怒ってる。

「で、アンタはあっさりシーモアの言いなりになってたっていうの?」
「はい…えーっと、記憶、無い所を利用された形でして…」

嘘ではない。いや、シーモアがって所からしてすでに大嘘なんだけど、自分の意思で悪役生活満喫してたのも確かなんだけど、記憶が無かったってのは嘘じゃない。ていうかそこしか真実は無い。嘘を吐く時は一割だけ真実を混ぜろって言うじゃないか。一割にしては少なすぎるのは俺も自覚しているので、どうか突っ込まないで欲しい。前提からして荒唐無稽なのも分かってるし。ちゃんと分かってるし俺。でもしょうがないじゃん、こんな嘘でも吐かないより吐いた方が多分ちょっとはマシなんだから。
あっれ、なんで俺正座してんだろ。全く気が付かなかったわ。習慣って恐ろしいね。小石が擦り剥いた膝に食い込んで痛い。
ふうー、とルールーが大きな溜め息を吐いたので、俺の肩はビクリと跳ねた。もう顔を伺い見る余裕も無い。ただひたすら地面の砂を凝視するしかない。

「で?」
「で、と…申されますと…」
「言い訳はそれでいいかって聞いてるのよ」

ダーメだー、やっぱバレてたー。まぁ分かってたけど。ルールーが信じてくれるとは俺も思ってなかったけど。

「…もう一度、練り直してもよろしいでしょうか…」
「ダメに決まってるでしょうが」
「でーすよねー…」

何もかもシーモアが悪い作戦、失敗!
状況は最悪である。なにせ俺は流されるままに混沌に参加していた上、適当な嘘をぶっこいて無実のシーモアに罪をきせようとしたのだ。…無実? いや無実では無いな。シーモアが変態でストーカーで半裸で悪者なのは確かなんだし。無実では無い。が、今回の件に何も加担していないのもまた確かなのだ。あああどうしよう。ホントどうしよう。俺あの可愛い人形でぼっこぼこにされちゃうのかな。
ちらりと見たルールーの今日のお人形は、トンベリだった。またそんな凶悪そうなの持っちゃって! 俺モーグリ派なんだけどな! サボテンダーよりはマシだけど!

「ルールー、知り合いなのか」
「ええ、ちょっとね」

ちょっとなんてまたまた、戦闘の度にボールトスしてくれる程の仲じゃないですか、俺たち。ペア組む時はいつでも一緒だったじゃないですか。スノーバイクのタンデムで語り合った夜を俺は忘れないよ。でも口には出さない。ここで余計な口を利くよりは黙ってた方がいくらかはマシだろうから。
ルールーの後ろで黙っていた秩序の一人が、ルールーの隣まで進み出る。何その男、さっきから何でそんなルールーに対して気安い感じなの。今さっき思い出した俺が言えた義理じゃないが、少しイラッとする。
だってそいつ、三人掛かりで俺にボロ負けしてたじゃん。俺の一刺しで消滅ってくらいギリギリだったじゃん。どう考えたって俺の方がこう、さあ? ねえ?分かるでしょ?

「何があったかは分からないが…、彼も随分反省しているようだし、記憶も無かったのだろう? 許してやってもいいんじゃないか」

いい人だった。ごめんね、因縁付けてごめんね。もっと言ってやって。頭にトカゲの首乗っちゃってますけどぉ〜とか言って挑発してごめんね、さっき。良く見るとカッコイイ気がしてきたよ! マジその鎧自分チョイス? カッコイイと思ったの? カッコイイと思って選んだの? とかさっきボール当てながら散々言ってごめんね。神々しくさえ見えるよ、その個性的なセンスの光る鎧。
もう一人、黙って二人の後ろに控えていた秩序が歩み出る。ルールーの後ろから覗くように俺を見て、少し眉を寄せた。

「知り合いだろうと混沌だ、気を許さない方がいい」

お前は誰なんだよ、何なんだよ、俺とルールーの何を知ってんだよ。言っとくけどアレだからな。ルールーの前の俺っつったら犬より犬らしいって専らの評判なんだからな。腹? 見せますけど何か? ってレベルだから。
それに比べてお前は何なの。っていうか何その黒尽くめ。黒着とけば取り敢えずカッコイイっていうオシャレレベル低めなアレなの? それとも黒が最高にカッコイイっていう思春期的なアレなの? 顔の傷がそれを助長してるの? 言っとくけどそのファー、大分前に流行終わってっからな。見習えよトカゲマスクの人をさぁ! あそこまでやってこそ光る個性だっての。黒一色とか絶対女子の間でクスクスされてんぞ。

「なにか言う事はないの?」
「ごめんなさい…」

チラリと見上げたルールーの目は相変わらず氷点下だったので、殊勝に項垂れて謝った。その際目を潤ませて眉を下げるのも忘れない。
勘違いしてもらっちゃ困るが、ルールーはこんな安っぽい同情作戦に引っかかってくれるほど安い女じゃない。鉄壁の魔女なのだ、ルールーは。俺の涙目もリュックの懇願もバッサリと切り捨てて氷漬けにする、そんな女だ。でもそこが格好いいのだ。
なので俺が狙うのはルールーじゃない。何かどうにもキマリと同じ臭いをさせている男、トカゲマスクさんである。断言する、こいつは情に弱い。好きな女の子に頼まれたら断れないタイプ。その女の子に嫌われたくないから弱いもの、子供とか動物とかを邪険に出来ないタイプだ。今こそ真価を発揮せよ、俺の子犬属性!!

「ほら、こんなに反省しているだろう」
「ふん、怪しいものだ」
「そんなことを言うな、スコール。まだ子供じゃないか」
「あんたもお友達と同じで随分甘い考えみたいだな」

おいこらそこで喧嘩始めんな、黒ファーは黙ってろ。トカゲマスクさんにはルールーの説得っていう重大な任務があるんだよ。お前に構ってたら出来ないだろ!

状況は絶望的、当てにしてたトカゲマスクは黒ファーとじゃれてるし、ルールーは腕を組んで俺を見下ろしている。
なんで俺素直に皇帝なんかの言う事聞いてアレやコレややっちゃったんだろうな。まあ記憶が無かったからなんだけど。それにしても、今記憶が戻らなくても良かったじゃないか。俺はともかく、ルールーが。そしたら俺は適当に愛想笑いをして、さっさとここを離れて、以後二度とルールーの前では悪い事をしないようにしたのに。
前に現れないなんて選択肢は無ぇよ。あるわけないだろうが。秩序の前でだけはいい子ぶって、ルールーの記憶が戻ったタイミングを見計らって顔出したっつーの。そんで散々可哀そうぶって甘やかしてもらったっつーの。俺を誰だと思ってんだ。ティーダだぞ。ザナルカンド・エイブスの、ユウナのガードの、ビサイド・オーラカの、ティーダだぞ。ワッカの弟、つまりはルールーの死んだ恋人に似てると言われた俺だぞ? ルールーに可愛がられるために存在してると言っても過言じゃねえ。
そんで最終的には秩序の同情票を集めて秩序に寝返りよ。別にカオスに忠誠誓ってるわけでも無いし、あいつらに仲間意識を抱いたことも無いし。ルールー対あの人外共なら、俺は何を投げ打ってでもルールーを選ぶね。一生ルールーに付いていくね。ルールーと一緒に新しい勢力作る勢いだねマジで。秩序の奴らはチョロそうだし、俺の子犬オーラにかかれば余裕だっての。
とまああくどい事を殊勝な顔の裏で考えていたわけなんですが。はあ、という大きな溜め息で、俺は現実に引き戻された。

「まったく、アンタは…」

これは来た。来たぞこれは。許してもらえる前兆である。
何だかんだ言ったって、ルールーだって俺が好きなのだ。俺がいるとユウナが明るくなるし、キャップ? チャップ? 名前はうろ覚えだけどアイツに似てるし、何てったってお姉ちゃん気質のルールーは、無条件に頼ってくる年下が可愛くて仕方ないらしい。何かあればまずルールーに聞き、立ち位置は常に隣、移動は常に斜め後ろ、おい俺がルールーに愛されない理由が無いだろ、もはや。

「ルールー…」

憐れっぽい声で名前を呼べば、もう一度盛大に溜め息を吐いて、組んでいた腕を解いた。

「しょうがないわね」
「ルールー大好き!」
「ホント調子が良いんだから」

さっさと立ち上がって、ルールーの隣に駆け寄る。ルールーの口から短い詠唱が漏れて、みるみるうちに淡い光が俺の傷を癒した。圧勝とは言っても3対1、かすり傷は負っている。ルールーの細い指が俺の頬に付いた泥を拭ってくれたので、その指に頬を擦り付けた。聞き分けの無い犬を叱るような甘い声で、ルールーがこら、と言ったものだから、あまりの幸福感に俺は今にも昇天しそうだ。
これこれ、こういうのだよ。混沌に足りないのはこういうのだよ。俺が求めてたのはこういうのだよ。これが無いから俺は非行に走ったわけですよ。皇帝ごときの言いなりになったわけですよ。

「随分強くなったのね」
「だろ?」
「ええ、ビックリしたわ」
「へへへ」

これからはその力をルールーを守るために使うと誓うよ!
忠誠の籠った俺の瞳に満足したのか、ルールーがようやく笑ってくれた。本当美人、本当カッコイイ、本当大好き。

「あんたこれからどうするの?」
「さくっと寝返るッスよ!」

呆れたような顔をして、でもルールーは笑ってくれた。ああ幸せ。誰だよ、俺が不幸のどん底だとか絶望の真っただ中だとか言った奴。俺だよ。自分で言うのも何だが、俺いま絶頂だな。世界一幸福と言っても過言じゃないな。

とか、油断してたのがマズかった。

ほら、俺、ハッピーエンドはデッドエンド的な所あるじゃん。いい方に進めば進むほど個人的には最悪の状況な所あるじゃん。だからつまりさ、俺個人がハッピーな状態ってさ、世界的には危機だったりするよね。
ルールーの後ろで背景と化していたトカゲマスクと黒ファーが、何かに気付いて振り返る。同時に俺とルールーも気が付いた。黒ファーの後ろ、僅か3メートルくらいの地点で空間が歪む。混沌の者が来る前兆だ。咄嗟にルールーの前に出て、剣を構えた。出来るなら話の通じるクジャかガーランド辺りだといいんだけど。皇帝やケフカが来たら最悪だ。ルールーに何をされるか分からない。

「ルールー、下がるッスよ」
「ええ、でも」
「おい、来るぞ!」

靄から現れたのは、皇帝よりもケフカよりも、もっと最悪な人物だった。もしかしたらカオスが来た方がまだマシだったかもってレベル。

「セフィロス…!」

黒ファーが名前を叫ぶ。真っ白な顔が、こっちを向いた。最悪だ。話全く通じないんだもん、あいつ。ここで戦っても勝ち目はない。俺にさえ負けるような貧弱な秩序3人と俺、相手は混沌内でも1、2を争う程強いセフィロス。勝敗は見えてる。どうするどうするどうする。幸いなことに秩序とつるんでることを見られても問題は無い相手だ。一歩、セフィロスがこちらへ近づいた。どうする。黒ファーが変わった形状の剣を構える。止めとけよ、俺にだって通用しなかっただろ。どうする。トカゲマスクが腰を落した。ダメだって、お前らじゃ本当に勝てないんだって。だってセフィロスは、多分皇帝よりも強い。
無機質な緑の目が俺を捉えて、一瞬止まった。あれ、もしかしてこれ行けんじゃねぇの。

「セッフィー?」

ちなみにセフィロスと個人的な話をしたことは無い。もちろんセッフィーなどと呼んだことも無い。親しみは大事かなって思って。ルールーが俺を凝視しているのが分かる。黒ファーも凄い勢いで振り向いた。それでも俺は、セフィロスだけを見ていた。だってそうだろ、俺は自分が窮地に立たされるほどハッピーエンドを呼び込む男だろ。自分の生死は別として。

「…何をしている」

奇跡かと思ったね。セフィロスはどうやら俺という個人をちゃんと仲間として認識していてくれたらしい。そろりと近付く。緑の目が今度こそ俺を捉えて、ジッと動向に注目しているのが分かる。

「いや、道に迷っちゃって」
「帰れないのか?」
「そうッスね」

まさしく奇跡。どうやらセフィロスは、何とも珍しいことに正気らしい。ティナが自我を取り戻すよりも珍しい。少し、肩の力が抜ける。

「…そこの奴らは秩序じゃないのか」
「うーん、まあそうなんだけど。道教えてくれたんだ。ポーションと引き換えに」
「そうか」

俺の必死の嘘が分かっているのか、三人とも黙りこくっている。まあここが生死の分かれ目なんだから、当然だろう。俺だって同じ状況なら空気読んで黙るね。秩序3人の服が少し煤けていたことで、セフィロスは俺の嘘を信じてくれたらしい。

「世話になったんスよ、できたら攻撃しないであげて」
「…分かった」

やばい、英雄モードのセッフィー超ヤバい。なにその瞳を伏せてフッとか笑っちゃう感じ。超格好いいんですけど。ルールーには及ばないにしても、ワッカには圧勝の格好よさ。キマリの次くらいには頼りがいある。憧れちゃうよね、俺も英雄とか呼ばれたい。

「では、帰るぞ」
「え?」
「どうした。道に迷ったのだろう」
「あ? ああ、そうね、道に迷って…えーっと、セッフィーと?」
「世話になったな」
「あ、いや…」

そうだね、俺は報われないことに定評のある男でしたね。意気揚々と寝返るとか言ってた10分程前の自分が恨めしい。これは無理だ。一緒にあの地獄のような混沌に帰るしかない。ここで裏切るなんて言った暁には、人格者な英雄様によって4人まとめて獄門だ。セフィロスは黒ファーに挨拶なんかしちゃってるし、なに俺の保護者気取りなの?
嘘だろ、楽園の扉はすぐそこだと言うのに、その扉を守るためにはここから立ち去るしかないんだ。嘘だろ。もう一度言う。嘘だろ。

「どうした、ティーダ」
「え、あ、え、ああ…今行くッスー…」

英雄様、俺の名前知ってたんスね。さすが英雄。ティーダ感激。泣きそう。
早くもセフィロスの前には歪みが現れている。もう少し大きくすれば、二人まとめて通れるだろう。俺苦手なんだよね、歪み作るの。あああでももう本当に逃げられない。さよなら楽園、俺はまた地獄に戻ります。
涙目で振り返る。ルールーはジッと俺を見ていた。ああ本当美人、本当カッコイイ、本当大好き。溢れ出しそうな涙を堪えて、小さく手を振る。ルールーは眉を寄せて、やっぱり小さく振り返してくれた。大好き。

「行くぞ」
「はいはーい…」

歪みに飛び込んで、暗転。
次に目を開けた時にはもうカオス神殿にいた。俺の楽園は遥か彼方だ。次会えるのはいつになることやら。前方ではティナがケフカにメルトンを撃っている。衝撃で壁が砕け散った。細かい破片が頭に当たった。ふと隣を見ると、あんなに人格者だった英雄様は既にいつもの変態さんに戻っていて、ニヤニヤしながらクラウドを眺めている。地獄か。地獄だった。

「戻ったか」
「おー…」

ただ一人、通りがかった皇帝だけが声を掛けてくれる。別に皇帝だって俺を気に入ってるとか好きだとかじゃないし、俺自身皇帝爆発しねぇかなとか思ってるけど、まともには会話ができる。仕方なくない? 皇帝に従っちゃうの仕方なくない? 環境が悪いよね。青少年の心には傷しかつけない、この環境が悪いよね。今度は柱の破片が飛んできて、さっきよりも重い衝撃を頭に残す。これであの楽園の記憶が飛べばいいのに。



たった5分前までは確かに楽園にいたはずなのに、この状況はどうだ。
ああなんて悪夢だ。
絶望だ。これは絶望だ。抜け出せたと思ったばかりなのに、やっぱり俺は絶望の中にいる。
何としてでも3日以内に裏切って、秩序に寝返ろう。そしてルールーの番犬になるんだ。






2012/08/08 22:54
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