「お、枝毛見っけ」
「えぇ〜、切って切ってぇ」
「お前ら、ってさ…」

最近は専らビサイド島に停泊している飛空艇のラウンジ、敷かれたラグの上で俺たちは仲良くダラけていた。緩く胡座をかいた俺の足の間にリュックが座り、だらし無く俺の腹にもたれ掛かっている。クッションを抱えたリュックはスクリーンに集中していて構ってくれないから、俺はリュックの頭に顎を乗せて枝毛チェックをしていた。リュックの髪は柔らかい金髪だから一見傷みなんて全く無いように見えるが、飛空艇生活のためかやはり所々傷んでいる。それを見付けるのは宝探しみたいで結構楽しい。
そんな中、アニキに用があったらしいワッカがやって来て、冒頭のように話し掛けてきたわけだ。
いつまで待ってもお前らってさ、の続きがこない事を不思議に思い、ワッカを向く。ラウンジの入口に立ったワッカは、酷く微妙な顔で俺達を見ていた。

「どうしたんスか?」
「プニプニワッカ〜」
「プニプニって言うなっつの! いや、なんつーかなぁ…お前らホント、なーんなんだぁ?」

歌うように言ったリュックに、ワッカは大袈裟に反応する。一先ず俺はリュックの髪を弄るのを止め、下ろした腕をリュックの腹の上で組んだ。

「何ってなにが?」
「そーいう所だよ、そーいう! お前ら付き合ってんのかぁ?」
「はぁ? 何でそうなるんスか」
「ワッカ意味わかんなーい。ティーダにはユウナんがいるじゃん」

けらけらと笑ったリュックはすぐ隣に置いてある菓子皿からスナックを摘むと、それを一瞬眺めた後腕を上げて俺の口まで持ってきた。リュックはこのスナックに入っているナッツが苦手なのだ。目の前に差し出されたナッツに齧り付くついでに、そのまま指を軽く噛んでやる。キャーと歓声を上げたリュックは殊更楽しそうに笑った。
ふと見上げたワッカは、この世の終わりを見たかのような表情だ。ユウナレスカ倒そうってなった時だって、もっとマシな顔してたんじゃねぇの。

「いや…え? それで友達って言い張んのか? マージで?」
「だってアタシにはギップルがいるしィ」
「そうそう」
「そうなんだけどよ…でもお前ら…えぇー」

様子のおかしいワッカを放置して、リュックはまたスクリーンに集中し始める。身分違いの男女がどうのこうの、という話で、正直俺はもっとズガーン! とかドバーン! ってヤツの方が好きだ。リュックは随分ヒロインに感情移入してるから言わないけどさ。
リュックの頭に乗せていた顎を下ろして、肩に顔を埋める。首筋に頬を押し付けたら、甘い香りがした。

「ボディーソープ変えた?」
「ふっふー、新しいのにしてみましたぁ」
「これ俺好き。美味そうな匂いがする」
「デショデショ〜」
「ホントもう…いやもーいいわ」

何でか重々しい溜め息をついたワッカが、そのまま俺の隣まで来て座る。奥さんと息子にデレデレなのに、長居するとは珍しい。帰らないのか、と聞いたらアニキに頼んだ部品が出て来るのを待っていると返事が返ってきた。
意外と乙女チックな一面を持つワッカも、あっという間にスクリーンに夢中になる。暇を持て余した俺は、再び枝毛探しに没頭する事にした。



「いやー、泣けたなぁ」
「ね〜、もうラストなんて号泣だよ〜」
「え、マジ?」
「見てなかったのぉ!?」

ぐりん、と上を向いたリュックの目は確かに赤くなっている。ワッカも目元を拭っているし、どうやら本当に泣いたらしい。

「全然見てなかったッス。どこが泣けた?」
「主人公とヒロインが駆け落ちするんだけどさ〜、その先でヒロインが病気になっちゃってぇ」
「え、死んじゃう?」
「死んじゃう死んじゃう」
「超泣けるな、それは」
「そうそ」
「お前らの話し方じゃどんだけ泣けるか伝わってこねぇよ…」

まだ目元を拭い続けるワッカは、よっぽどこの映画が気に入ったようだ。映像スフィアに刻まれたタイトルをじっと見て、「ルールーにも見せてやろう」と呟いている。別にいいけど、ルールーはこういうの見ても「くだらない」って言うと思う。

「でもでもぉ、も〜っと泣けるシーンがあんの!」
「死ぬシーン?」
「違ーう! ラスト!」
「ああ、あれか。主人公が最後に丘の上で二人の思い出の歌を…」
「ちーがーう!」

思い出してまた泣けてきたのか、ティッシュを引っ張り出して顔に当てたワッカを、リュックはバッサリと切り捨てる。そして抱えていたクッションをさらに抱きしめると、最高に泣けるというそのシーンを回想するように目を閉じた。

「主人公が言うの、『いなくなってしまった君のこと、忘れないよ…』って!」
「あ、ごめん。涙出てきたからティッシュとって」

なにそれなにそのセリフ。ユウナ思い出しちゃう。いや、元ネタは間違いなくユウナのあの演説なんだけど、そんな不意打ちで出されたら、主にそのいなくなってしまった人である俺は号泣しちゃうよね。
心底意味分かんねぇという顔をしながらも、ワッカがボックスティッシュをこっちに押しやってくれる。ティッシュを二枚抜き取って、一枚でずびびと鼻をかむ。ついでにもう一枚をリュックの瞼に押し当てて、折角上手に引けているアイラインが崩れないように涙を拭ってやった。

「はぁ〜、泣けるぅ〜」
「マジ名作ッスね」
「いやお前全く見てなかっただろ」

呆れたように言うワッカを無視して、リュックが俺の腕の中でグルリと向きを変えた。俺の腹に顔を押し付けるように抱き着いてきたので、回転に巻き込まれて乱れてしまった髪の毛を整えてやる。抱いていたクッションを胸の下に敷いたリュックは、どうやらこのまま昼寝をするつもりらしい。少しでも楽な体勢を取ろうと俺のシャツをぐいぐい引っ張る。仕方がないので、少し離れた所にあった膝掛けを手繰り寄せ肩にかけてやった。リュックは風邪を引くとお粥をあーんしろだの林檎を絞れだの煩いのだ。

「ベッド行く?」
「んーん、ひざ枕〜」
「腹だけどな」

ふへへ、と奇妙な声を漏らし、リュックが収まりの良い所を探して頭を動かす。髪が当たってくすぐったい。整えたばかりなのに、また乱れてしまった。細い金髪は絡むと中々解けない。櫛が通らないと泣き喚くリュックに「切れば?」と言って本気の喧嘩になったのはつい最近だ。過ちを繰り返さないために、出来うる限り細やかに髪を整え直した。何てったって、俺達が喧嘩をするとユウナが悲しむのだ。

「お前らって、さぁ…」

俺達の様子をただ黙って見ていたワッカが、最初と同じセリフを言ってがっくりと項垂れた。解りやすくやってらんねぇ、という顔をして、首を振りながら立ち上がる。

「どこ行くんスか?」
「アニキにまだかって聞いてくる」
「あ、ついでに今日の晩御飯聞いてきて」
「お前ここに住んでんの!?」
「違うよ〜。明日までユウナんベベルでお仕事だから、お泊りなの」

ワッカの奇声に寝る気を削がれたのか、またリュックが体を反転させる。最初と同じように、だが最初より格段にダラけきった体勢で俺の腹を枕に寝転がったリュックが、片手を菓子皿へと伸ばした。行儀が悪い。しかし片手の感覚だけでは上手く皿を見付けられなかったようで、バシバシと俺の膝を叩き無言で要求してくる。俺の膝を壊されては堪らないので、早々にスナックを取って口に入れてやった。リュックは頗る満足そうである。これはギップルを逃したら嫁の貰い手は無いな、と思ったが黙っておいた。
そんな俺達の様子をまた黙ったまま眺めていたワッカが、ポリポリと頭を掻いて苦笑いをした。

「だーからお前らそんなベタベタしてんのか」

リュックと顔を見合わせる。お互いの顔に浮かんでいるのは、疑問符。

「いや、いつも通りッスけど」
「大体こんなんだよ〜?」
「何なんだよ!」

叫んで飛び出して行ったワッカの背中を見送り、また顔を見合わせる。首を傾げたタイミングは全く同じだった。

「どうしたんだろな?」
「ルールーに呼ばれたんじゃな〜い」
「なるほどなー」

愛に生きる男だね〜、なんて、まるで心の篭っていないセリフを言って、リュックはぐぐっと大きく伸びをした。振り上げられた腕を両手で掴んで引っ張ってやったら、そのまま取っ組み合いになった。

ラウンジの床を二人でゴロンゴロンと転げ回って、上になり下になり、時にはクッションを投げつけじゃれあう。ようやく収まった時にはラウンジは散らかり放題、笑いすぎたせいで息は切れ脇腹が痛くなっていた。放り出されていたクッションを引き寄せ、一つのそれを二人で分け合い枕にする。窓からは赤い夕日が差し込んでいた。

「シンラに怒られちゃうな」
「君たちは何でそんなに馬鹿なんだい?」
「似てねぇ」
「ひどい〜」

ケラケラ笑ったリュックが俺のお腹を叩くから、その手を取って引っ張ってやった。そのまま手を繋ぐ。

「ユウナんさぁ、今なにしてるかな」
「会議してー、会食してー、難しい話してんスよ」
「寂しくないかな?」
「分かんないけど、俺は寂しい」
「あたしも〜」
「早く帰ってこないかなぁ」
「ね」

ぎゅうぎゅうと繋いだ手を握り締める。ここにいないユウナのことを考えたら、なんだか悲しくなってきた。それはリュックも同じみたいで、まだ朝別れたばかりだと言うのに二人して涙目になる。小さな子供みたいだと言われたって、こればかりはしょうがない。俺達はユウナがいないと何もかもがダメなのだ。

「いい子にしててねって、言われたもんね」
「分かってるッスよぅ。だからリュックも泣くなよ」
「ユウナん、大人だよね〜」
「2コも上だもんなぁ」

何とかして付いて行こうとする俺達に、ユウナは困った顔で笑って「お土産買ってくるからいい子にしててね」と言い、迎えに来たキマリと一緒に船に乗った。だから俺達はこうしていい子で映画を見たりおやつを食べたりして気を紛らわせてみたけれど、やっぱりダメだ。
俺がスピラに帰ってきた時、俺はただちょっと眠っていただけのつもりだったのにいつの間にか2年も時間は経っていて、同い年だったユウナは19歳になっていた。年下だったはずのリュックが同い年になって、ルールーなんかは二人まとめて子供扱いだ。最年少コンビとなってしまった俺達は、何かとセットで扱われるようになった。今日みたいにユウナがいない日なんかは特に。
一応オトシゴロの男女だというのに、こうして二人して手を繋いでいたって誰も何も言わない。ワッカだって、何だかんだ言ったって引き離そうとはしない。

「早く帰ってこないかな」
「帰ってきたらさ、桟橋まで迎えに行こうね」
「おう」

お互いの目元に溜まった涙を拭う。
夕飯を食べたらリュックのお気に入りの恋愛映画をもう一つ見て、そして同じベッドで手を繋いで眠るのだ。きっとシンラは呆れた顔をしてアニキは溜め息を吐くだろうけど、文句は言わないだろう。明日の朝になったら一緒に朝食を作って、昼になったら手を繋いで桟橋までユウナを迎えに行こう。ユウナが船から降りてきたら二人で抱き着いて、おかえりを言った後ユウナがいなくてどれだけ寂しかったかを伝えて、俺だけキスをしよう。その後、今度は三人で手を繋いで帰るのだ。ユウナを俺達の間に挟んで、思う存分イチャイチャしてやる。

「なぁやっぱ飛空艇で迎えに…」
「ダ〜メ〜、行きたいけど怒られるぅ〜」
「うぅ…」

でも今はとりあえず。
遠いユウナに思いを馳せて、夕飯までこうして手を繋いで夕焼けを眺めていよう。
戻ってきたワッカが散らかった部屋を見て悲鳴を上げて、飛んできたシンラに怒られるまで、俺達はただ二人きり、大好きな召喚士の不在を噛み締めていた。手を繋いで、肩を寄せて、いつもならユウナがいるはずの真ん中の空白を、お互いの体温で補いながら。





2012/05/13 17:06
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