※モブ「デスゲイズ」の依頼人、旅行好き一家の息子とヴァンの話



酷く尊大な「ちょっと来い」という呼び出しに応じたのは、相手が幼いながらも昔馴染みの上客だったからである。はいはい御用は何でしょう、とばかりに相手の広大な屋敷に飛空艇を乗り付けると、そこにいたのは何とも珍しいことに目を赤くした子供だった。プライドが天より高い子供が、泣いた跡を隠しもせずぎゅうと口を一文字に結び、拳を固く握って彼の屋敷のターミナルに仁王立ちしているのである。これは何かあったな、と思うのもしょうがない。慌てて飛空艇から飛び降りたその足で駆け寄って、目線を合わせてやる。跪いたその体勢にようやく落ち着いたのか、子供ははっと勢いよく息を吐いて、ポケットに突っ込んだせいで皺の寄った手配書をグッと突き出した。

「なんだよ」
「これ、倒せよ」
「これぇ?」

受け取った手配書には、どう見ても手書きのドラゴン、らしきもの。出現場所も条件も名前すら曖昧で、ただ「倒せ」とだけ書かれた備考欄に眉を寄せる。いくらなんでもこれでは探しようがない。

「もうちょっと何か無いのか?」
「これじゃぁ分かんないよ」

後ろから覗き込んだ相方も困惑したように、子供に向かって優しく話しかける。すると子供は赤かった顔をくしゃりと歪めて、遂にはその目に涙を溜め始めたものだから、余りの珍しさにポカンと口を開けて眺めてしまった。まだ十を少し過ぎた程度の子供である。泣くのは何ら珍しいことでは無いが、その子供が帝国でも五本の指に数えられる程の大貴族の子息とあれば話は別だ。それを抜きにしても、異常なまでにプライドの高い子供なのである。一体何事かと呼び出された空賊二人、ヴァンとパンネロが慌てたのも無理も無いことだった。



「アイツら、僕を馬鹿にしたんだ。僕が嘘つきだって言って」

どうにかとうにか宥めてやってきたバルコニーで、メイドの淹れた紅茶のカップを両手で持ち、子供はパンネロの優しい問いかけにポツリポツリと事の詳細を語り始めた。屋敷に子供の旅行好きな両親がいることは少なく、だからこそこうしてならず者に数えられる二人でも堂々としていられる。とは言っても子供の両親も屋敷で働く者たちも、空賊二人のことを子供の歳の離れた友人程度にしか思っておらず、メイドたちに至っては小生意気な坊ちゃんにもお家に呼ぶほど仲の良いお友達が出来ましたのね、と微笑ましく見守っているほどだ。幸いにも当事者たちはそれを知らないままである。知ったなら、空賊はともかく子供は激昂しただろう。
それはともかく、少年曰く、学校で言い合いになったのだそうだ。帝国貴族の中には腕の立つハンターを雇い功績を競い合わせることを娯楽とする者も多い。それを趣味とする少年のクラスメートが、自分のハンターが最強だと言ってのけたらしい。それに対抗して子供は、自分のハンターこそが世界最強だ、何せ神さえ倒して見せた、と言ったのだという。それを級友に散々嘘つき呼ばわりされ、涙を堪えて帰宅し、冒頭の呼び出しに至るようだ。

「そもそも俺ら、お前のハンターじゃねぇしな」
「ヴァンうるさい。それでどうしたの?」
「…嘘じゃないって言ったら、証明してみせろって」
「それでこれかー」

ヒラヒラ、とヴァンが降った手配書には、『最強のドラゴン』という名称が書かれている。それをぎゅっと睨んで、子供が声を荒げた。

「そうだよ! 倒してこいよ! 報酬なら払ってやる!」
「ホントお前馬鹿だなー」

はははと笑ったヴァンに、子供はぐっと詰まって黙り込む。その地位に見合うようにと幼い頃から英才教育を受けた、聡い子供である。自分でも己の愚かさに気付いているのだろうその様子に、もう一度笑ってヴァンは手元の手配書の皺を丁寧に伸ばした。

子供は、実に尊大な子供だった。尊大なんて言葉では収まらない程偉そうで、他者を見下した子供である。生まれた時から傅かれ誰もに敬われた子供は、それに見合うだけの傲慢さを持っていた。もしも皇帝家であるソリドール家にラーサーという傑物さえ居なければ、もしかしたら次代皇帝に祀り上げられていたかも知れない程に地位を持った子供。だがしかしそんな子供がヴァンは嫌いでは無かった。
子供が持ち込む案件が魅力的だったというのもある。何処から探してくるのか、古い、それこそ王宮の奥深くにしか残っていないような資料を持ってきて、やれ伝説の召喚獣を倒してこいだの古代都市の財宝を手に入れてこいだのと、いとも容易く言ってのける。報酬も相場より随分高く支払ってくれるし、そういった遺跡には珍しいお宝が眠っていることも多いものであるから、ヴァンやパンネロという駆け出しの空賊にとっては悪い話では無かった。
だがそれだけが子供を好む理由ではない。あれは未発見の浮遊大陸があるようだから行って来いと言われた時だったろうか、レイスウォール王の隠した財宝を探しに行った時だったかも知れない。少しばかりヘマをして、僅かながら傷を負った。手に足に包帯を巻き、頭にガーゼを貼り帰還したヴァンとパンネロの姿を見て、子供は成果の確認をするよりも早く、その目を真ん丸に見開いた。そして帝国貴族に共通する薄い色の瞳を震わせ、絞り出すようなか細い声で「おまえら、しぬのか」とたった一言呟いて口を引き結ぶものだから、ヴァンなどは思わず笑ってしまった程だ。尊大で、傲慢で、他者を見下した子供である。だがしかし、可愛げはある子供だ。理由はそれで十分だった。

皺を伸ばしきった手配書に、ヴァンが羽ペンを引き寄せて何事かを書き込む。カリカリという音に、子供がチラリと視線を上げた。その視線に気づいて、ヴァンがクスリと口角を上げた。それを見て、パンネロも楽しそうに笑った。

「こないだの帝国軍の演習で、洞窟の入り口が発見されただろ」
「…うん」
「あの奥に、強いドラゴンがいるらしい」
「帝国軍が封印破っちゃって、その先に進めないんだって」
「それ倒してきてやるよ」

こう見えて、クランランクは最高位なのだ。そう待たなくてもセントリオのモンブランを通じて討伐依頼が持ち込まれるだろう。だがそれより前に、この子供から依頼があったことにしてしまえばいい。

「出来るのか?」
「俺らを誰だと思ってんだ」
「世界最強のハンターって、さっき言ったじゃない」

涙の名残を残す目元を引き締めて、コクリと子供が頷いた。ヴァンが小手の付いたままの手を伸ばし、グシャグシャと子供の髪を掻き混ぜた。常ならば大げさに嫌がって振り払う子供だが、今日だけは何も言わず撫でられるに任せている。続いてパンネロも手を伸ばし、まだ柔らかな丸みの残る頬を優しく擦った。

「一週間くらいで帰ってくるから、待っててね」
「父ちゃんと母ちゃんと一緒に旅行でも行ってろ」

手元の紅茶を飲み干して、ヴァンが立ち上がる。同時にパンネロも立ち上がり、ドラゴン討伐の準備をすべく飛空艇に向かって歩き出した。以前子供は級友の中には父にジャッジを持つ者もいる、と言っていたから、証明に付いては心配しなくてもいいだろう。倒した後で帝国軍にこの子供の依頼だったと申請をすればそれで十分だ。
背中を向けた二人を、おい、という小さな声が引き止める。それに反応して振り返ると、視線をうろうろと彷徨わせた後、子供は小さな小さな声で問いかけた。

「しなないよな、おまえら」

問いかけというよりは、確認に近い声音だった。こういう所が憎めなくて可愛くて、どんなに不躾な呼び出しだろうと答えてしまうのだ。ヴァンとパンネロは顔を見合わせて笑い、踏み出した足をもう一度戻して子供に歩み寄った。

「任せとけって」
「かすり傷も負わないって約束する」

確約した二人にほうと息を付いて、ようやく子供はいつもの尊大な態度を取り戻す。挑発的な笑みに口を歪め、短い腕を組んでツンと澄ました顔をする様子に、もう一度顔を見合わせて笑った空賊二人は、今度こそ子供の依頼をこなすため飛空艇に飛び乗ったのだった。






2012/04/13 20:58
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