ある平和な日の話と同じノリ
戦う者たち続・戦う者たちの間の出来事



平和は人を破壊へと誘う。
遠い異世界でとある操舵主が呟いたことなど知る由も無く、ここ秩序の聖域では戦士たちが束の間の平和を謳歌していた。先日全員で皇帝をボコッたことが混沌勢のトラウマとなったのか、ここ数日イミテーションの襲撃も無い。暫くは穏やかな日々を過ごせそうだった。

SeeDは無敵の傭兵集団、というのはスコールの誇張で、本当は恋だのスポーツだの青春だのが似合う可愛らしい学園なのではないか。秩序の面々がそう誤解をし始めていたことをもし当人であるスコールが知ったなら、恐らく眉間のシワを5割増しで深くし、3日は黙り込んだだろう。しかしそう誤解されても仕方が無い程、SeeDの3人は秩序の癒しとなっていた。
ゼルが変わった小石を見付けては、スコールに駆け寄って自慢げに見せる。新しい水場を見付けたと言ってはセルフィがスコールの袖を引く。親鳥の後ろをついて歩く雛のように、二人はスコールに付いて回った。可愛くないはずがない。それが秩序一同の見解である。
実際の所、3人はSeeDの未開地探索マニュアルに基づいて、地質調査やより詳細な地図の編纂をしているだけなのだが、そんなことが傭兵ではない秩序の面々に分かるはずもない。依頼とあらば西へ東へ、宇宙だろうが海底だろうが天国だろうが地獄だろうが、所在さえ分からない国であってもそれが任務ならば探し当ててみせるSeeDである。この世に謎など存在しない、してはならないとばかりに調査を重ね、今や異世界の神秘は風前の灯。SeeDの科学力は世界一、シド・クレイマーが言ったかどうかは定かではないが、そんなこんなで着々と摩訶不思議な異世界が科学によって解明されようとしていることなど知るはずもなく、平和な時間はゆっくりと流れていた。
そう、平和なのである。戦うことが使命なのに、平和。残念ながらここ異世界において、最上級のSeeD達に最も与えてはいけないものこそ平和なのだと知っている者は、一人もいなかった。知ってたとしてもどうにも出来ないけどね、とは次元の遥か彼方の某操舵主の談。

ここ異世界では、元の世界の記憶は曖昧になるのだと言う。イレギュラーで召喚されたゼルとセルフィは、それを知って大いに狼狽した。大変である。ただでさえ物忘れの代名詞バラムガーデンだというのに、さらに総司令官が記憶喪失とは。これはいけない、なんとかしなくては。
苦悩に頭を抱えた二人は、同時に思い出した。何をおいてもスコールが忘れてはいけない存在、そう、最終兵器彼女と名高いリノアの存在を。スコールに忘れられたなどと彼女が知れば、自分達の世界はただでは済まないだろう。何せ最強の魔女、人類滅亡も有り得る。この際バラムガーデンだのサイファーだの月の涙だのはどうでもいい、何としてでもリノアの事だけは思い出して頂かなければ。二人がそう決意するのはある意味必然で、そうとなればあとは行動するのみ。調べるべき歪みの構造も聖域の柱の素材もエクスデスの中身も放り出し、二人はスコールの許へと走った。

「大変だ、スコール!」
「いっちゃん大事なこと忘れてんで〜!」
「大事なこと…?」

ドタバタと駆け寄った二人に、ジタンと会話していたスコールが首を傾げる。こいつゼルとセルフィちゃんといる時は仕種が幼いよな、とジタンに思われていることなど知らず、スコールが二人に向き直った。バラムガーデンを代表する身、『忘れる』という単語には敏感である。何しろ心当たりが多すぎる。

「何だ?」
「リノアや!」
「お前のカノジョの!」
「カノジョ…」
「やっぱ覚えてへんのん!?」

先に言っておこう。スコールは秩序の中でそれなりに古株である。アルティミシアが積極的に絡んでくることもあり、記憶の量でいえば秩序でも1、2を争う。13回目の時点において、ほぼ完璧に記憶を取り戻していると言っても過言ではない。当然、リノアのこともかなり詳細に思い出していた。ただどうしても父親のことだけは思い出せないというか思い出さないことにしているのは、関係無いので今は置いておく。自分とエルお姉ちゃんを捨てた父親などいない。いないったらいない。
大事なのは、ゼルとセルフィの心配が全くの杞憂であるという事実だ。全くの杞憂、勘違い、取り越し苦労。なのにうっかりスコールが頷いてしまったのは、一重に彼の所属がバラムガーデンだからだった。誰ひとり記憶に自信を持たない物忘れの聖地、バラムガーデン。昨日の夕飯なんて言えたら表彰モノ。ガルバディアガーデンから出向したSeeDが、同僚達の記憶のふわっと加減に胃に穴を開けるなんて日常茶飯事。ガルバディアのSeeDは言う。顔三ヶ月、名前二年。覚えてもらえる目安である。
悲しいかな総司令官も例外では無く、それどころか生粋のバラムガーデン育ち、物忘れの申し子といっても過言ではない。世界中の子供が知っている、伝説のSeeDは強さと物忘れが伝説級。彼らの名誉の為に言っておくが、任務達成率は3つのガーデンで断トツである。任務なら完璧なのだ、本当に。
全ては物忘れが悪い。G.F.を推奨したバラムガーデンが悪い。スコールが言われてみれば覚えてないかも、と納得してしまったのも。よく考えれば思い出せないかも、と頷いてしまったのも。あれ俺のカノジョ黒髪だっけ金髪だっけ、魔女だっけ魔女の騎士だっけ? と混乱してしまったのも。全てはガーデンが、ひいてはクレイマー夫妻が悪いのだ。多分。きっと。悪いということにしておこう。

「俺のカノジョ…リノア…? いや、俺のカノジョは…」
「ああっ、やっぱり!」
「あかんで〜、スコール!」

悲痛な声を上げて、ゼルとセルフィがスコールにしがみつく。スコールの記憶に故郷の命運が掛かっているのだ、その目には涙が溜まっている。
今ここに失ってもいない記憶を取り戻す聖戦の幕は切って落とされた。もし件の操舵主がいたなら言ったであろう。逃げろ、皆逃げろ、巻き込まれる前に逃げろ。しかし本当に本当に残念ながら、操舵主は遥か彼方、安全地帯である彼の操舵室で、昼寝を満喫していた。とにもかくにも、始まったものは止まらない。ライク ア ローリング ストーン。あとは転がり落ちるだけ。



*****



「うーん、同じ世界の人と戦えば記憶は戻りやすいって聞いたような…?」
「戦闘数が多い程いい、とも聞くな」
「そっか!」
「うん、だからちょっと手合せでもしてみたらいいんじゃないかな」
「ああ、それがいい」
「ありがとな!」
「おおきに〜」

かつて彼らの母である魔女は言った。分からないことは大人に聞きなさい。大人がいなかったらサイファーかキスティスに聞きなさい。誰もいなかったらその場でじっとしていなさい。幼馴染の中でも年少である二人には特に、噛んで含めるように言い聞かせた。言い聞かせねば暴走すると、魔女は遥か彼方で惰眠を貪る操舵主以上に心得ていた。
誰より敬愛する魔女の教えである。広く過酷な世界でそれのみが信じるに値する真実であると確信し、二人は未だ律儀に守っていた。今回においても、分からないのだからと当然のように大人、自分たちより大人であり情報通、尚且つ嘘は言わないだろうと判断したセシルとクラウドに聞きに行き、手に入れた情報からこう判断を下した。
戦おう、この身を賭して、失われた記憶の為に。
格好よく言ってみたが、ようは力技である。ちなみにバッツの存在は真っ先に二人の『信ずるに値する』大人リストから外されている。



柱が折れる。地面が割れる。台座が砕ける。イフリートの咆哮が地面を揺らし、セイレーンの奏でる旋律が大気を裂く。
秩序の聖域とはもはや呼べない荒れ果てた自陣の姿に、ある者は涙し、またある者は絶望に膝を付いた。混沌の領地の方がまだ整然としているのではなかろうか。呆然と見守る秩序の勇者たちの前で、命を削り合う激戦は未だ渦中であった。
そもそも、秩序に与する戦士たちはその多くが騎士である。例え騎士の肩書を持っていなかろうと、己の戦いに矜持を持ち、信念と誇りを剣として戦いに臨む。彼らの中において、任務達成の為ならば、己は許より仲間さえ顧みない、ただひたすら報酬の為に動く傭兵という生き物は全くの未知であった。それを理解しないSeeDでは無い。騎士道を重んじる者が多いと知ったその日から、三人力を合わせて彼らの理想を壊さないよう努力してきた。例え自分たちには無用の、邪魔にしか思えないものであろうと、誰かが大事にしているならばそれは大事なものなのだ。大統領の娘が無くしたぬいぐるみを300人体勢で捜索し、うっかりトイレに流された貴族のボタンを下水を浚って見つけ出してきた傭兵団の言葉は重い。大事ならば金を払え。出すものを出せば全ての望みを叶えてやる。誠意とはゼロの多さを示すものだ。創立時から変わらぬガーデンの外交ポリシーは世界的に有名である。
さて今回ばかりはゼロは付かないが、それを守ることによって仲間との円滑な関係が築けるとあっては守らない訳にはいかない。任務達成の一番の障害はいつだって人間関係だ。いざという時に邪魔をされてはかなわない。であるからして、傭兵である三人、特に正規に召喚されたスコールは、それはもう気を遣ってきた。彼らの美しい理想を壊さないように、戦士とは皆清廉であるという幻想を壊さないように。

しかし、今はそれよりも大事なことがある。
騎士道がどうした。秩序がどうした。任務は我らが総司令官の記憶を取り戻すこと、成功報酬は故郷たる世界の安寧だ。今こそ本気を出さなくてどうするのだ。待っていろ世界、待っていろ仲間たち。何をしてでも守ってみせよう。まあその全ては誤解であるのだが。
崇高な使命に燃えるSeeDたちは、力の限り戦った。後ろから、下から、斜めから、ありとあらゆる手段で持って攻撃を仕掛けた。卑怯と呼ばれようと構わない。急所は狙うからこそ意味があるのだ。男だの女だのに囚われて、どう世界を守れと言うのだ。

「死ねぇぇえええ!」
「消し飛べ!」
「これで終わりや!」

必殺技の大盤振る舞い。詠唱中に殴り掛かり、その隙を付いて召喚し、それに気を取られた所で背後を突く。狙うは真っ直ぐ眉間と心臓、首に鳩尾、それと股間。接近しては離れ、離れては距離を詰める。まさに肉弾戦。ここに魔導師など存在しない。SeeDは須らく戦士である。回復など後回し、流れる血を拭うこともせず拳を振るい、踵を落す。武器になどこだわっていては勝利は掴めない。足が近いなら蹴ればいいし、武器が近いなら振るえばいい。頭が近いなら頭突きをするまでだ。
破壊の限りを尽くす勢いで、三つ巴の激戦は続く。誇りも何もない、ただ相手を屠るのみの戦闘だ。秩序の誰もが目にしたことの無い、実に無様な戦いっぷりである。だがしかし、これが彼らの正しい戦闘であった。しかし悲しいかな、秩序の戦士たちにはそれを理解することは出来なかった。

「なんで…こんなことに」
「聖域が…」

悲しげに仲間たちが呟く横で、クラウドとセシルは焦っていた。間違いなくけしかけたのは自分たちであると、彼らは良く理解していた。しかし誰が予想しただろうか。ちょっとした手合せ、で本気の殺し合いをする人種がいるなどと。少なくとも、ここにいる誰もが予想出来なかった。三人の生きる世界の大半の者はいとも容易くこの結果を予想しただろうが、秩序の戦士たちには不可能だった。例えSeeDが故郷とする世界において、SeeDは戦闘民族、血に飢え獲物を探す、人の皮を被った獣であるというのが一般常識であろうと、この異世界では誰も知らないのだ。彼らが実に上手に被った皮からチラリチラリと覗く狂気の欠片を見抜けなかったのは、決して戦士たちの落ち度ではない。何しろSeeDは人のフリをするのが上手すぎる。理性の塊であるかのような顔をするのが、日常における彼らの任務なのだ。そして任務であるならば、完璧にこなしてみせるのがSeeDという生き物であった。

「おらぁあ!」
「雑魚が…!」
「邪魔や!」

罵詈雑言を吐かないことだけが、せめてもの救いである。一応こんなんでも躾はちゃんとされているのだ。ご飯の前には手を合わせていただきますをするし、目上の人には挨拶も欠かさない。だがそれもこれも、今はどうでもいい事だった。失われた記憶を取り戻す。彼らにとってこれ以上に魅力的な言葉があるだろうか。失われる一方だった記憶が、少しドンパチやらかすだけで返ってくるのだ。幸福感さえ感じながら、彼らは拳を交えていた。
もう誰にも馬鹿にさせない。物忘れの代名詞なんて呼ばせない。今全てを思い出してみせる。街角で、裏路地で、浜辺で、囁かれ続けた汚名を返上してみせる。「ターッチ! お前バラムガーデンな!」「逃げろ物忘れが移るぞー」なんて鬼ごっこをする子供に血涙を流すことももう無い。握った拳に滲んだ血が、噛み締めた唇から流れた血が、今報われる時が来たのだ。クソガキどもめ、誰がこの世界救ったと思っていやがる。

恐らく人生で最も輝いている三人によって、聖域は見る影も無い有様へと変貌していった。だがしかし戦闘はまだまだ続く。
これこそが遥か彼方、魔女の脅威の去った世界で安穏と寝返りをうった操舵主の言う所の「向こう三か月は後悔する面倒くささ」なのだが、今まさにSeeDの脅威に曝されている秩序の戦士たちが知る由も無い。件の操舵主が何らかの手段で持ってこの現状を覗いたなら、こう言っただろう。ヒマを与えるのが悪い、と。ヒマにさせない為なら総司令官に中庭の草むしりまでやらせるガーデン幹部は、彼らの扱いを熟知している。ヒマを与えるな、自由にさせるな、騒ぎだしたら退避しろ。この鉄則を知らないのは、当の本人たちばかりである。

何はともあれ、SeeDたちが満足し拳を収めるまでまだあと3時間は掛かるだろう。荒廃しきった聖域を背景にして、取り戻した記憶に3人がその顔を輝かせ喜び合う時、ようやくこの果てしなく無意味な戦いは終わるのだ。
果てしなく無意味、何せ記憶は何一つ失われていないのだから。失ったと思っているものは最初から覚えていないものだ。惜しむらくは、それを指摘できるほど冷静、かつ物忘れにトラウマの無い人物、例えて言うならばガルバディア出身の狙撃主などがこの場に居なかったことだろうか。居たとしても結局止めることは出来ないが、少なくとも半泣きで謝り、胃に穴を開けながら片付けに尽力はしてくれた筈だ。セルフィはそもそもバラムガーデン出身では無いのだが、そこはポヤッとで有名なトラビアガーデン。深く考えることなど無い、その場のノリで生きている。他の金髪の年長者二人であったとしても、記憶を取り戻すという甘言に釣られ、戦闘に参加していたことだろう。それでもここまで被害が酷くなる前に止めただろうが。しかしそれは言っても仕方がないことだ。だってこの場に彼らの保護者が誰一人としていないのは、変えようのない事実であるのだから。

戦いが集結したあと、輝く三つの笑顔の前で、悲観に暮れる秩序の戦士たちが何を思うのかは、まだ分からない。




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2012/03/30 18:44
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