ああもうやだ。俺はもう嫌なのです何もかもが。いっそ消えたい。死にたいんじゃない、消えたい。ふわふわするだけの存在になりたい。そしてこの上なく無意味な生物に生まれ変わりたい。
ちっさくてさ、毛むくじゃらでさ、特に可愛くもなくかといって不細工というほどでもなく、強くもなく弱くもなく、そこにいるけどいなくても別に誰も気にしない程度の生物ってよくない? 語尾に『でげす』とか付けちゃってさ、特徴と言えばそのくらいで、あとは本当に無意味。毒にも薬にもならない。生態系に加わるでも植物の種運ぶでもない、食うと不味い。本当いるだけ。人間に危害は加えないけど絶対に味方にもならなくて、倒しても経験値2とかでさ。もう剣振った方が損した気分、みたいな。
かといって初心者が経験値稼ごうとしても防御だけ異様に高いの。剣刺さらないの。すっごい苦労して手持ちの剣全部折ってどうにか倒しても、貰える経験値は2。本当に無意味。
そんな生物にさ、なりたいよね。

「どう?」

目の前の女の子に聞いてみた。女の子は死にそうなくらい困った顔をした。

パンデモニウムの段差の上で体操座りして壁の網目を数えてたら、知らない内に二日経っていた。道理でケツが痛いわけだ。体操座りのまま横に転がったら、どこまで数えたか分からなくなった。おいおい、これで5418回目の数え直しだよ、やんなっちゃうねまったく。
さっきは右上から数えて失敗したから、今度は左下からいこう。左下、つまり寝転がった今の状態だと頭上の方向。ぐりっとそっちに頭を向けて、そこで初めて俺はそこに女の子がいるのに気が付いた。
そして冒頭に至る。

初対面で出会い頭に俺の無駄話を聞かされた女の子は、それでも俺を殴るでもなく蹴飛ばすでもなく罵るでもなく、困った顔でそこに立ってるだけだ。いい人なんだな、多分。さすが秩序。しかも可愛い。
混沌はカオスの趣味が悪いせいでろくな女の子がいないってのに、羨ましい。秩序の女神はあれだな、面食いだけど中々いい趣味してるな。面食いだけど。カオスのゲテモノ好きよりはマシ。

「頭身は三頭身ぐらいがいいよね。体長50センチくらいでさ、主食は土。土ね、土。俯いてモソモソ土食って生きる。言葉は話せるけど、百年に一回くらいしか喋らなくて、なのに語尾が『でげす』。よくない?」
「はぁ…」
「あー生まれ変わりてー」

はー、と大きく溜め息をついて、女の子から視線を外した。あんまりジロジロ眺めまわして、セクハラで訴えられると困る。俺が別の方向を向いたことで、女の子はいくらかホッとしたようだった。そりゃそうだよね、俺だってこんな変なのにいきなり絡まれたらビビる。しかも半裸だよ、半裸。これで男にトラウマできちゃったらごめんね。でも男なんてこんな生き物だよ。君が思ってるより500倍くらい小汚い生き物なんだよ。出来たら嫌わないであげてね、XYの染色体を。将来出会うであろうこの子の運命の男の為に、一応祈っておいてあげよう。だからこの子が男嫌いになって振られても恨まないでくれ、この女の子の顔も知らない運命の人よ。

「そういえばさ」
「は、はい!」

まぁだからと言って、絡むのを止めてはあげないんですけどね。暇を持て余した俺の前に一人できちゃった女の子が悪い。

「皇帝知ってる? 皇帝。あいつトマト食べられないらしいよ」
「え、あ、そうなんですか…」
「嘘だけどね」
「えっ」

困ってる困ってる。物凄い困ってる。反応に困ってあたり見回しちゃってる。でも残念、ここには俺と君しかいないんだなー。
せめてケフカだったら良かったのにね。あいつ意外と人見知りだから、基本的に知らない人には一対一で絡みに行かないし。隣にお人形ちゃんいない時は目ぇ合わせようとしないし。そのかわりお人形ちゃんと一緒の時はすごい強気なんだけど。あーあ、ケフカでさえ人に迷惑かけずに生きてるってのに、俺は一体何をしているのでしょうね。こんな陰気な場所で半裸で寝転がって女の子に絡んでね。とんだウジ虫野郎ですこと。
ほら、女の子めっちゃあたり見回してんじゃん。あれ助け求めてんだよ。この頭のオカシイ半裸を殴って黙らせてくれる誰かを探してんだよ。でも本当に残念、何度も言うけど、ここには俺と君しかいないわけだ。君は俺の相手をするしかないんだよ、諦めてくれ。

「名前なんていうの?」
「私は召喚士の」
「あ、やっぱいいわ、よく考えるとそんな興味無かったわ」
「え…」

おー、いいね、その絶望的な表情。きっと初めてなんだろうね、コミュニケーションをとる気が無いのに積極的に絡んでくる人間に会ったの。混沌なんてこんな奴ばっかりなのにね。秩序はあれだ、おはようって言うとおはようって返ってくるんだ。健全な人たちの集まりなんだろうね。俺は初日におはようって言ってフレアが飛んできて以来、挨拶に分類される言葉は一切口にしてないよ。
しかしまあ、あんまり困らせるのも可愛そうだ。いや本当はどうでもいいんだけど、あんまり苛めるとキラキラした勇者だのギラギラした姐さんだのが乗り込んできそうじゃない? それはそれで面倒くさいので、俺は女の子が泣く前にちょっとはまともなコミュニケーションをとってあげることにした。

「で、ここで何してんの?」
「道に…迷ってしまって」

女の子はまた遮られるかと構えていたみたいだけど、今度は言い切ることが出来て少しホッとしたみたいだった。やっべ、俺超いい人じゃね? 紳士じゃね?

「へぇー。どこ行くの?」
「秩序の聖域に戻りたかったんです」
「ああー。アレね。あの白いとこね」
「はい、そうです」
「ああー、ねぇ。そうなのー」
「はい…」
「秩序の聖域にねー。そうー」
「………」

女の子はまた困り切って、目だけを辺りに彷徨わせた。君もここらで知るといいよ、世の中、君の動向に興味のある人間の方が少ないんだって。あ、違うわ。優しくするんだった、そうだった。俺ったら失敗失敗。

「あれかね、ほら、女神サマはさ、あれなの? あー…アレなの?」
「アレ…ですか?」

ダメだ、興味が無さすぎてまともな質問さえ浮かんでこない。もうここは女の子の自主性に任せよう。さぁ、思うが儘に俺の言葉を自己解釈して、全く意味を持たない俺の質問に返事をしておくれ。

「アレって、なんでしょうか…」

ダーメだー。この子いい子だー。そして多分お育ちも良くていらっしゃるわー。分からないことはちゃんと聞くのね、そうね、社会の基本だもんね。君みたいな上流階級の社会のね。俺みたいな底辺這いずり回ってるゴミ屑には関係の無い社会のね。
もしかしてアレか、秩序ってのは皆やんごとないご身分の方々で構成されちゃってんの? そういえばゴルベーザの弟は王様だったような違ったような。うわー有り得る。超有り得る。だって大統領とか名乗ってるおっさんいたじゃん、確か。うわー面食いな上に社会的身分至上とかどんだけだよ女神サマ。通りでこんなに善人の俺が混沌な訳だ。お貴族様な秩序に比べたらノラ犬だよ、俺。去勢もされてないノラ犬ゴミ屑野郎の俺は混沌にお似合いですわ、ホント。その点カオスは部下の多様性を尊重してるな、うん、そう考えるといい上司なんじゃない? 独裁者から人外、植物、果てはゴミ屑まで差別しないし、寛容でいい上司なんじゃない? まあ俺会ったこと無いんだけどね。最近では存在すら疑ってるけどね。

「挨拶はごきげんようなわけ?」
「え、いえ、別に…?」
「ほおー、やっぱ若い世代だと違うのかね」
「あの、どう…でしょう?」

おいおいそんな曖昧でどうするよお嬢様。よしこれから俺この女の子の事お嬢様って呼ぼう。お上品ぶったこの子に相応しいんじゃない? ゲスっぽくお嬢ちゃんとかでも良いんだけどね。ほら、上品に呼んだら、俺もついでにお上品に見えるかもしれないじゃない。そして次回は秩序に呼んでもらえるかもしれないじゃない。
俺はもう嫌なのですよ。三徹で作った砂のお城を無表情で踏み潰されるのも、名目上とはいえ仲間である人たちに「暇人」ってあだ名で呼ばれるのも、なんか当然のように皇帝派に組み込まれてるせいで会う度にクラウドに舌打ちされるのも。だってしょうがないじゃんね、俺ただの善良な一スポーツ選手ですし。皆みたいにゲスい計画とか立てませんし。誰か陥れたい願望とか持ってませんし。結果超ヒマですし。構ってくれるの皇帝しかいませんし。
皇帝はアレだね、流石為政者だけある。あんなナリと性格のくせしてめちゃくちゃ律儀。国ひとつ意のままに動かしてただけあるわ。ヘイヘーイって言いながらボール投げると、ちゃんとフレア返してくれるもん。セフィロスみたいに無視しないし、アルティミシアみたいにウジ虫見るような目で見ないし、ゴルベーザみたいに可哀そうって顔しない。俺、結構好きよ、皇帝のこと。パンデモニウムの網目数えて教えてあげようってくらいには好き。これマジで。だから皇帝派だと思われてクラウドに嫌われてんですけどね! そう言うならお前が構ってくれよ、クラウドちゃんよぉ!

「君はここでなにしてるの?」
「信愛の気持ちを形にしようとしてんスよ」

お嬢様は目を見開いて、すぐに嬉しくて堪らないとでも言うように顔を輝かせた。顎の下でパチンと手を打って、キラキラした目で俺を見る。そこにはさっきまでの絶望感は欠片もない。この子多分、警戒心の無さを仲間に叱られたりしてんじゃないかな。さっきまで、意味不明な半裸の男を変態としか認識してなかったじゃない。なのに何、そのサンタクロースにでも会ったみたいな目。俺もちょっと君のこと心配よ。

「すごい! 素敵だね!」
「どーもどーも」

夢見がちな瞳が、星でも飛ばしそうな勢いで俺を見る。その瞳に答えるべく、俺もゴロンと体勢を変えた。つっても左半身を下にして、左手で頭支えただけなんスけども。実はさっきまでの体勢、ちょっと首が辛くって。

「わあ、そうだよね、好きって気持ちは形にしなきゃね!」
「そうそう」

限りなく嫌がらせに近い愛情だけれどね。果てしなく無意味な情報を満面の笑みで告げれば、変に律儀な皇帝は無碍には出来ない。キッラキラした笑顔で「これ、役に立つッスよね!」って言えば、思わず頷くのは間違いない。そこにすかさず言ってやるのだ。「何の役に立つッスか?」さあ悩め。皇帝よ苦悩しろ。何の役にも立たない情報の使い道を、その高級な頭でもって見つけ出せ。そこまで想定してのプレゼントなので、嫌がらせに近いって言うよりも完全な嫌がらせだ。暇人舐めんな。
お嬢様の言葉に笑顔で頷いてやれば、お嬢様はシャイニングな笑顔で俺をじっと見る。かーわいいなぁ。ちょっと頭足りてなさそうな所がすごい可愛い。

「どんな風に形にしたの? ケーキとか? あっ、お花とかも素敵だよね」
「数えてんの」
「え?」
「あの壁の網目。数教えてやんの」

わあー、見てあの絶望的な顔! ようやく思い出したらしい、目の前の男が最初から一回も話の通じなかった頭のおかしい半裸野郎だと。そうだね、警戒心は大事だね。

「えっと…知りたがってたん…だよね?」
「全然?」

お嬢様は、混沌の戦士が普段から網目に対して興味津々で生活していることに一縷の望みをかけたみたいだが、当然ながらそんなことがある筈もない。てゆうか知りたがってるならむしろ教えない。だって混沌だもの。
目に涙なんか溜めちゃって、お嬢様はまた周囲を見回す。無駄無駄、何度も言うけど、ここには俺と君しかいないんだよ。君は俺の暇つぶしに付き合うしかないんだ。あーあ、ホント可哀そう。俺と出会っちゃったお嬢様可哀そう。せめて君がもうちょっと適当な性格だったら良かったのにね。しょうがないよね、お嬢様は真面目って、世界の真理だもんね。

「あの、私そろそろ帰らないと…」
「えー、マジ? もうちょっとゆっくりしていきなよ」
「でも…その、皆心配してると思うし」

お嬢様はお嬢様だけど、思ったよりお馬鹿ちゃんでは無かったらしい。助けが来ないことを漸く悟ったのか、退却の道を選んだようだ。俺もそれが一番賢い選択だと思うよ。お嬢様らしく後ろの方で守ってもらいなよ。その心配してくれてるお優しい仲間の皆さんにさ。
心配ってあれでしょ? ニヤニヤしながら「なんだ、死んだかと思ったぞ」って言われたりとか、マジマジと顔を見ながら「君、友人の中ではどういう位置付けだったんだい?」とか言われるって意味じゃないんでしょ? すごいね、世の中にはもう悪人しか残ってないんだと思ってた。そんな奇跡の人達に囲まれてるから、お嬢様は奇跡みたいにお馬鹿ちゃん…じゃなかった、イイコなんですね。

「そっかー、じゃあまたね」
「はい…」

はっきり言ってもいいんだよ、二度と会わねぇよクソ野郎、って。はっきり言わないから、俺みたいなのに付け込まれるんだよ。暇つぶしに付き合ってくれてありがとう。
くるりと後ろを振り返って、そのまま立ち去ろうとしたお嬢様は、しかし何かを思い出したようにピタリと止まった。そしてゴソゴソと、機能性を一切考慮しなかったと思われる長い袖の中を漁る。それ絶対戦いにくいよね。あ、お嬢様だから戦わないから別にいいのか。

「良かったら、これ、どうぞ」
「へ?」

駆け寄ってきて膝を付いたお嬢様が差し出した小包を、思わず受け取る。軽い。かさりと袋の中で音をたてたそれを、ジッと眺める。チラリとまだいるお嬢様を見上げると、顔が真っ赤だ。釣られて顔に熱が集まって、思わず飛び起きた。寝転がったままなのは、失礼な気がして。なんということでしょう、俺にもまだ良心とか礼儀とかが残っていたようです。
同じ高さで覗き込んでみると、お嬢様の目は左右色違いだった。不思議な渦巻きが、爽やかな瞳を彩っている。

「えっと…ありがと」
「いえ! あ…あの、それじゃあ」
「あ、うん」

今度こそ、立ち上がったお嬢様は俺に背を向けて走って行ってしまった。そういえば道に迷ったと言っていたのに、大丈夫なのだろうか。送ってやれば、良かったかもしれない。手の中に残った薄い青の包みを矯めつ眇めつし、取り留めなく考える。
控え目に結ばれた黄色いリボンをそっと外して、中を覗き込んでみた。クッキーだろうか。可愛らしい小ささのお菓子が5つ、覗く。手作りらしいそれはお世辞にも美しいとは言い難い見た目だが、何故か心が温かくなった。

「送ってあげればよかったかも」

もう一度、今度は口に出して呟いて、シンプルなお菓子を一つ取り出す。良くあるただのクッキーだ。でも、宝石のように輝いて見えた。こんな心が俺に残っていたなんて。今からでも追いかけようかな、秩序の聖域の方向を教えてあげるために。ああでも、あの子は俺なんかに道を教えてもらいたくないかな。俺のこと随分怪しんでたから。
壊れ物のように口に運んで、そっと齧る。ほんのり甘い、いや苦い? 生臭いような気もするし、しょっぱい気もする。突き抜ける不快感、襲いくる吐き気。眩暈は酷いし、目の前が白と黒に明滅する。地獄かここは、一周回って天国か。口に入れた一かけらを飲み込むことさえ出来ず、手に握った残りを凝視する。
え、なに? これが答えなの? これが秩序流の「黙れ」なんだ? 不快感の表し方なんだ? 思ったより陰険なんだね、正義の味方って。
とにもかくにも、口の中の食物兵器を必死で吐き出す。飲み込むなんてチャレンジは出来ない。だって舌がパチパチするもん。舌で弾けるクッキーってなに? 火薬でも仕込んだの? 

「あのアマ…」

全部吐き出した筈なのに、油汗が止まらない。視界が回る。
これでも俺、フェミニストなんスよ。実際ほら、困らせはしたけど危害は一切加えなかったじゃない。困らせはしたけど! 暴言も吐かなかったし、妙な形のロングスカートも捲らなかった。しかも無傷で帰してやった。なのにこの仕打ち。殺意が無きゃ作れないだろ、このクッキーもどきはよぉ!

「あんのクソアマがぁ!」

覚えとけ、お貴族だかなんだか知らないが、ノラ犬舐めんな。
逆流する胃液を必死で飲み下しつつ、目に涙を溜め俺は復讐を誓った。まずはそのうっとおしい袖とスカート切り落としてやるからな。

取り敢えず、このクッキーらしき物体の残りは皇帝に食べさせよう。どんなに憎くても、女の子の手作りクッキー(あくまでもどき)を捨てることは出来ない。女の子とは、そこにいるだけで尊い生き物だからだ。ただし混沌のゲテモノたちは除く。あれは『女の子』じゃない、認めない。堪えきれなかった胃液を吐きちらし、目にしみる物体Xが入った袋を握りしめながら、俺は固く復讐を誓ったのだった。
ていうか、ホントに吐き気も涙も止まらないんだけど、あの女これに何仕込みやがった!



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2012/02/16 19:29
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