剣を振ります。戦います。毎日毎日、敵を切り伏せます。
戦うのは嫌いです。なぜなら俺は戦士ではありません。一度だって、剣を望んだことはありません。
昔、戦う事は好きでした。戦えば褒めてもらえるからです。上手に敵を倒せば、皆が褒めてくれました。
でもここでは誰も褒めてくれません。戦士以外はここにいてはいけないからです。だから俺は戦士じゃないけど、戦士のふりをします。だから誰も、褒めてくれません。皆俺が戦士だと思っているのです。
俺は戦士ではありません。一度だって剣を望んだことはありません。なのに俺は戦士のふりをします。仲間外れが何より怖いから。

でも誰かお願い、お願い誰か。よくできましたって俺を撫でて。



やだなぁやだなぁ、あいつ絶対強いやつッス。だって目茶苦茶強いクラウドが、何回も負けてようやく勝ったって言ってた。つまりそれって意味分かんないくらい強いってことだろ。やだなぁ、なんでこんな所にいるんだろ。
もう完全に見付かっちゃってるから、今更引き返したって多分見逃してくれない。やだやだやだ、どうにかして逃がしてくれないかな。俺みたいな格下、相手するほど暇じゃないってスタンスだといいのに。
願いも虚しく、やたらめったら長い剣を持った銀髪の長身の男、セフィロスは真っすぐ俺に歩いてきた。

「どうも…ッス」
「………」

挨拶したのにシカトだよ。ってことはもしかして俺のこと見逃してくれる?
僅かな希望はあっという間に砕かれた。だって目の前、ちょうど3メートルくらい前方で立ち止まったのだ。あの、もうそれ逆に使いにくいだろって長さの剣を、ピッタリと俺の胸に突き付けて。
取り敢えず一歩、下がってみた。セフィロスはその場に立ち止まったまま。刺激しないようにそろそろと、もう二歩後ろに下がる。セフィロスはやっぱり立ち止まったままだけど、剣はそのまま俺を向いている。開いた隙間の中で腰を落として、剣を構えてみた。チラッとセフィロスの目を見たら、それが合図になったらしい。途端に襲ってきた残像が見えるほど素早い剣撃を避けるため、俺は本能のままに体を捩った。



*****



命からがら。それ以外に表現のしようがない。どうにかこうにか攻撃を避けて、その合間に何発か打ち込んで、でも全部避けられて飛んでくるカウンターをまた避ける。致命傷ってほどの怪我はないけど、細かい傷が血を滲ませている。セフィロスにも傷はあるが、俺よりは格段に少ない。
ゼェゼェと息をつく俺を涼しい顔で眺めて、セフィロスが俺との距離を一歩詰めた。
くる。多分これが最後。俺は避けられない。最後の一瞬まで目に焼き付けてやろうと、掲げられたセフィロスの剣を見上げる。天まで届くほど長いそれが光に煌めいて、俺の存在を消すために振り下ろされる。煌めく刃の向こう、俺を殺す男の顔に視線を滑らせた一瞬。俺に刺さるかに思われた剣が、止まった。俺の首に触れるか触れないかの所で。

「…え」

そしてそのまま仕舞われてしまった剣に、間抜けな声が漏れたのは仕方がないだろう。手元から剣を消したセフィロスが、俺の方へ歩いてくる。思わず剣を構えたけど、セフィロスの右手に仄かな光が宿るのが見えて、どうすればいいのか分からなくなってしまった。だって光は淡い緑、つまりケアルだ。
光を宿したままの右手が俺に伸びて、そのまま俺の左頬を触った。みるみるうちに怪我が癒えて、体力が回復する。居た堪れなくなって、落としていた腰を上げた。次いで握っていた剣を消す。

「あの、ありが…とう?」

疑問形になってしまうのは仕方ないだろう。だって俺の御礼に満足そうに頷く目の前の男は、想像していた人物像とあまりに違う。ストーカーでマザコンで、ニヤニヤ笑いながら絶望を贈ってくるって聞いてたのに。普通に勝負して決着がついたら回復してくれる、ただのいい人じゃないか。クラウドといったい何処でどういう風に拗れて、あんな酷い悪口を言われるようになったんだろう。
相変わらず無表情のセフィロスを見上げる。近くで見ると思っていたよりずっと背が高くて、首が痛い。左頬に添えられたままの手が気になってチラッと見たら、それに気付いたセフィロスが手を離した。そのまま戻すかと思ったら、今度はその手を俺の頭上に持ち上げる。
じっと次の行動を見守る俺に気付いているのかいないのか、ゆっくりと降りてきた手は、撫でるというには素っ気なさすぎる動作で、ポンと俺の頭に乗った。

「一般人にしては、良い動きだ」
「えっ」

セフィロスの口の端はちょっとだけ持ち上がってて、さっきまで人形みたいに無機質で綺麗だった顔が、男らしくかっこよくなっていた。益々聞いてた話と食い違う人間像に、手を振り払うことも忘れて食い入るようにその整いすぎた顔を眺める。ポカンと口を開けて見上げる俺に、セフィロスはクスリと笑ってゆるゆると俺の髪を掻き混ぜた。

「あ…え、なんで…」
「父親に聞いた。剣を握ったのは至極最近だと。違ったか?」
「いや、うん。合ってるけど…」

今起こっている現象全てに対しての「なんで」だったんだけど、セフィロスは戦士ではないと知っていることに対する「なんで」だと捉えたらしい。俺は自分が戦士ではないと言ったことは無かったし、それなら確かに情報源は親父しかないだろう。
そこまで考えた途端、俺はどうしようもなく怖くなった。誰にも内緒の秘密が、混沌にはバレてしまっている。すぐに仲間にも伝わるだろう、俺が闘争に必要の無い、異端なのだと。

「あ…お、お願い黙ってて、皆には言わないで!」

滑稽だ。さっきまで警戒していた腕に、今は必死に縋って懇願している。頭に乗せられたままだった、俺より大きくて骨張った手を両手で握る。

「頼むから!戦士じゃないってバレたら、違うってバレたら俺…」

どうなるって言うんだ。目の前が明滅して、クラクラと目眩がする。地面が崩れ落ちて絶望に呑まれてしまいそうだ。だって俺が異端だと、戦士ではないと分かったらきっと皆は俺を。

「一人ぼっちは嫌ッス…」

仲間外れが一番怖い。死ぬより、殺すより。異端なのだと、違うのだと思われるのが一番怖い。その為ならいくらだって剣を振るう。血を流すのに躊躇いは無い、ただ、仲間だと思って欲しい。ここにいてもいいのだと、認めてほしい。
セフィロスの真っ白な手をじっと眺める。血の通った人間の手だ。人間の中でも取り分け、戦うことを己に課した者の手だ。これさえ持っていれば俺は声高に仲間を名乗れるのに、俺はこんな手にだけはなりたくないと思っている。だって俺は戦士じゃない。戦士になんかなりたくない。でも戦士じゃなきゃ仲間になれないから、俺は戦士のふりをする。
泣きそうだ。矛盾と我慢とがごちゃまぜになって、溢れそうなギリギリで何とか留まっている。

「お前はよくやっている。誰もが、そう思っている」

俺に掴まれていた手で、セフィロスが今度は逆に俺の手を包む。温かい手は、俺の手なんかすっぽり隠してしまうくらい大きい。大人なんだな、と唐突に思った。秩序にいる誰よりも、この英雄は歳をとっている。俺たちなんかひよっこに見えるくらい、混沌は全員歳をとっているのだ。
撫ででくれないかな、と思った。この大きな、温かい大人の手で。かつて俺を褒めてくれた仲間のように、俺を撫でてくれないだろうか。

「戦うのが、上手だな」

そう言って、セフィロスは俺の頬に手を当てた。包まれていた手はいつの間にか放されていて、無意識にセフィロスのコートを握っている。
まるで優しくて苛烈な魔女のように、大らかで豪快な兄貴分のように、穏やかで大きい獣人のように、賑やかで明るい親友のように、静かで偉大な後見人のように、そして温かくて愛しい俺の召喚士のように、セフィロスの目が俺を見つめる。俺が何より欲しかった言葉をくれて、俺を認めてくれている。その目を呆然と見上げて、続く言葉も見つけられないまま俺は口を開いた。

「うん…うん」
「上手だ」
「俺ね、褒めてほしくて…それで」
「ああ」
「俺、頑張ったッス。戦士じゃないけど、でも、頑張ったんスよ」
「知っている」

泣かなかったのは、どんなに優しくても褒めてくれても、セフィロスが敵だからだ。倒すべき相手、悪意の塊。だから泣かなかった。きっとこれが仲間の誰かだったなら、俺は盛大に声を上げて泣いていただろう。でも仲間たちは、俺が戦士じゃなくてただの一般人だなんて知らないから、褒めてくれない。褒めてくれるのは、俺が戦士じゃないと知っている敵だけだ。そして俺は、仲間たちにだけは戦士じゃないと知られたくない。本当に褒めてほしいのは、セフィロスなんかじゃないのに。
堂々巡りで、どうしようもない。どうやったって俺の望みは叶わない。結果俺は欲しくなんかない敵の言葉に縋りついている。
やだなぁやだなぁ、なんであの時俺を無視してくれなかったの。クラウドの言う通りの嫌な奴でいてくれなかったの。俺がセフィロスに適わないのなんて、誰だって知ってるのに。格下の俺の相手なんかしてらんないって、そういうスタンスでいてくれなかったの。おかげで俺は、あんなに大好きな仲間たちにがっかりしてしまったじゃないか。敵だって褒めてくれるのに、なんで褒めてくれないのって、すごく自分勝手な理由で失望しちゃったじゃないか。大事なことを秘密にしてるのは、俺の方なのにね。戦士じゃないって知ってもらわなきゃ褒めてもらえないけど、戦士じゃないって知られたら俺は仲間外れだ。そして堂々巡り。なんでこんな面倒くさい生き物に俺はなってしまったんでしょうね。

「泣かないのか」
「泣かねーよ」
「そうか…お前はすぐに泣くと、父親が言っていた」
「全部嘘ッスよ。あいつが言うことなんか」
「そうか」

静かな声で言って、セフィロスが俺の頬から手を離す。それを未練がましく目で追ってしまってから、後悔した。セフィロスがそんな俺の目の動きをじっと見ていたからだ。きっと気付かれただろう、俺が隠していることも、仲間に失望してしまったことも。それでもセフィロスは何も言わない。きっと、大人だからだ。俺たちの誰よりも大人で、もっとずっと大人な混沌の奴らに囲まれてるからだ。大人っていいな、とちょっとだけ思った。大人になれば、褒めてほしいとか仲間外れは嫌だとか、そんな子供っぽい願いは抱かなくなるんだろう。誰にも褒められなくたって、真っ直ぐに剣を構えて敵に向かって行くことができるんだろう。
ああ、違う。それは戦士だ。大人じゃない、戦士の姿だ。
俺は戦士になんて、なりたくないよ。真っ直ぐ立つのが戦士なら、俺は蹲っていたいよ。

「なんで、戦士になんかなろうと思ったんスか」

痛くて辛いだけだ、戦士なんて。剣で誰かを傷つけるより、ボールで夢を振りまく方がずっといいに決まってる。だって剣さえ握らなかったら、俺はたった一人の肉親を斬ったりしなくて済んだ。だから、戦士になんてなりたくない。親父を倒す正義の味方になんかなりたくない。伝説の名選手の、息子でいたい。

「そうする以外のことを知らなかったからな」
「知ってたらならなかった?」
「…きっと、なっただろう」
「誰かが褒めてくれるから?」
「そうかもしれない」
「誰か、褒めてくれた?」

不躾な俺の質問に、セフィロスは淡々と答えていた口を僅かに止めた。一瞬息を吸って、少し、口元を緩めたみたいだった。

「さあ、どうだったかな」

この世界では、はっきりとした記憶を持っている者の方が少ない。でもきっとセフィロスのはそういう意味じゃない。これ以上質問をするのは止めて、口を噤んだ。さっきセフィロスは聞かないでくれたから、そのお礼に。
セフィロスのコートを握っていた手を離す。どうしようか一瞬迷って、俺より随分高い所にある頭に手を伸ばした。こんな場所で大した手入れも出来ないはずなのに、真っ直ぐな銀髪はさらさらと指通りがいい。俺のギシギシした髪とは大違いだ。そっと髪を梳いて、頭を撫でる。いい子いい子、いつだったかそんな風に、俺を誰かが撫でてくれた。
目を見開いたセフィロスが、ほんの少し、懐かしそうに遠くを見る。混沌の兵にも懐かしむような過去があるのだと、そんな当たり前のことに感心した。

どちらからともなく一歩、距離を開ける。もう一歩下がって、どうしようか迷ったけど俺は背中を向けた。もう一度剣を構えても良かったけど、どうやったって俺はセフィロスには勝てない。なんせあのクラウドでさえ相当手古摺った相手だ。俺はどんなに手加減してもらったってクラウドに勝てないのに、セフィロスになんて勝てるわけない。

「………」

セフィロスがじっと俺の背中を見つめているのが分かる。でも殺気は無いから、気にせず歩き続けた。俺たちが馴れ合うのはきっととても簡単だろう。分かり合って、傷を舐め合って、親友にだってなれる。でもそうするのは裏切りだ。俺を褒めてくれない、俺を戦士だと信じ切っている仲間たちへの裏切りだ。それでも俺は、秩序の一員でいたいのだ。混沌の仲間になりたいんじゃない、秩序の仲間外れになりたくない。
だから、一度も振り返らず歩き続けた。
セフィロスが見つめ続けていたのは知っていた。






2012/02/04 21:56
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