エンジンの唸るような駆動音だけが低くこだまする、飛空艇のロビー。置かれたソファに座った男が雑誌を捲る音が、小さく響く。

「お願い」

隣に座った俺は、ぎゅっと、胸を押し付ける。

「ね、いいでしょ?」

両手で逞しい腕に抱き着いて、トドメとばかりに上目遣いで涙目になったりなんかして。座った彼の視界に、自慢の谷間がバッチリ映ってることも計算済みだ。これで落ちなかった男はいない、ただ一人の例外を覗いて。俺が言うのもなんだが、男って馬鹿よね。
だがしかし自慢の巨乳は、押し付けられた男自身によって実に無造作に引きはがされた。

「俺にとってお前のチチほど価値のないものはない」

挙げ句の果てにこの生温い笑顔ときた。
男の名前はリュック。金髪でチャラ男で女タラシでユウナの従兄弟で、簡単に言うと時空を超えた俺の親友である。ちなみに、ユウナでさえ魅了した俺に靡かない、この世で唯一の例外だ。

「なーんーでー!」
「いーやーだー」
「お願いってば!」

俺の必死の頼みにも関わらず、リュックの態度は素気無い。膝上の雑誌を眺める横顔は、心底興味が無さそうだ。なんでだ。なんでこんなんなっちゃったんだリュック。ゆるゆるぐるぐる可愛かったお前はどこ行った。お兄ちゃんは悲しいです。

「リュック〜」
「だってお前、服なんて腐るほど持ってんじゃん」
「全部父さんの趣味なんだって!」
「あぁー…」

リュックは少しの間斜め上を見上げて、納得したように頷いた。俺の家のウォークインクローゼットを思い浮かべて、ついでに親父の顔を思い浮かべて、そして親父のゲロ甘っぷりに思い至ったんだろう。何故かあのおっさんは、俺にパステルカラーのフリフリを着せたがる。

「いいじゃん。似合ってる似合ってる」
「お願いいぃい」

最終手段だ。座っているリュックに後ろから抱き着いて、後頭部にグリグリ胸を押し付けてやる。そこまでやってやったってのに、リュックから出てきたのは「お前のチチ筋肉で硬い」という果てしなく失礼な一言だった。
本当どうなってんだよ、男だった頃の俺はこんなこと女のリュックに言わなかっただろう。…あ、違うわ。リュック胸なかったわ。鷲掴んで「お前ルールーに頼んでちょっと分けてもらったら?」とか言っては殴られてたわ。まさかの因果応報でした。だがしかし、少なくとも男の俺はもっとリュックに優しくしてたはず。
硬いと言った割に後頭部で存分に乳を堪能したリュックが、ぐいっと上を向く。俺の巨乳は枕代わりか。
不満はぐっと押し込んでリュックと至近距離で目を合わせて、俺はもう一度「お願い」と言った。

「買い物ならユウナんと行けばいいじゃん」
「違うの! いつもと雰囲気違う、でもユウナ好みの服で悩殺したいの!」
「いつものもユウナん好みだって」
「セクシー系がいいの〜!」

セクシーと言った瞬間に心底馬鹿にした顔をしやがったリュックは、それでも雑誌を置いて体をこっちに向けてくれた。その隙にリュックの膝に乗り上げる。リュックの腕が腰に回って、ずり落ちないように支えてくれた。

「ユウナんキュートの方が好きっしょ」
「そんなん分かんないッスよぅ。男はみんな狼!」
「狼はお前だろ」

ゴツゴツと、リュックが額をぶつけてくる。痛い。痛い上にウザい。三つ編みの一つを思いっきり引っ張ってやったら、ハゲるから止めろと文句を言われた。父親見てるかぎり避けようのない未来だろ、諦めろ。とはあまりに可哀相なので言わないでやった。ほら、俺はこんなに優しいのに。

「なんでそんなユウナん誘惑したいの」
「だってもう17なのに、ユウナ襲ってくれないんだもん! お風呂上がりにタオル一枚でうろうろしても、ユウナのワイシャツ着て上目遣いしても、ベッドに潜りこんでもさぁ!」

なんでよ、男だった頃の俺だったら、ユウナにそんなサービスされたらペロリだよ、いただきますだよ、なのになんでだよ。据え膳食ってくれよ。
心からドン引きました、という顔でリュックが俺を上から下まで眺める。言っとくが、プロポーションは完璧だ。現役女子高生ブリッツ選手舐めんな。週刊誌に付けられたあだ名プリンセスだぞ、腹筋割れてんのに。ユウナが可愛い似合ってるって言ってくれてなかったら、崖から身を投げてるところだっつの。

「てゆうか、お前ら付き合ってたっけ?」
「世間的には付き合ってると思われてるので、この機会に既成事実を作って事実にしてしまいたいと思っています」

外堀は完璧なんだ、外堀は。後は肝心の本丸なんスよねー。いやぁ、ガードが固いのなんのって。
とそこで、リュックがこいつもう駄目だ、みたいな顔で見ているのに気が付いた。なんなのこのチャラ男。女遊びしすぎてハゲればいいのに。

「だからさー、ここはセクシーにお色気ムンムンで夜景の見えるレストランとか行っちゃってさ、実は最上階のスイートとってあるんだ…とこう畳みかければさぁ」
「俺は今けっこう真剣に引いている」
「お前も似たようなこと散々やってんだろうが!」

このチャラ男が!
知ってんだぞ、取っ替え引っ替えしすぎてアニキの胃に穴あいたとか、男子に裏でカサノバって呼ばれてるとか、俺があげたエイブスの試合チケットでスタジアムに連れてくる女の子毎回違うとか! どうなってんだよ、夢のザナルカンドにいた頃の俺だってここまでじゃなかったぞ。
何が悪かったのか、リュックの女遊びはそりゃもう酷い。女だった頃はキャピキャピだったあの性格は、男になるとチャラチャラと呼ぶに相応しいものになった。おかげでユウナが心配しきりだ。もしやこいつユウナの意識を引くことで俺とユウナの仲を妨害してんのかと思った時もあったが、そうじゃない。リュックは真正の女好きだ。女の子っていうキラキラしたものが好きなのだ。そういえば昔も可愛いもの好きで、よく武器にラインストーンを付けたりしていた。俺の剣にまで勝手につけて、戦闘の拍子に剥がれると本気で叱られたものだ。
つまり、リュックは度の過ぎた可愛いもの好きなのだ。以前は真っ当に可愛いものを愛でていたのが、男になって可愛いものの定義が変わったのか、チョコボにもラメにもスパンコールにも見向きもせずに、ひたすら女の子を愛している。可愛い女の子を愛でたいという気持ちは男だった身として分からんでもないが、しかしだからってここまでになるものだろうか。行き過ぎどころでは無い。
本当に良かった、ユウナが今も昔も清純派で。昔からリュックに流されやすいユウナだ、これでユウナも女遊びに目覚めちゃったりなんかしてたら、俺は発狂どころの騒ぎじゃない。据え膳なんて悠長なこと言わず、危険日に夜這いして力業でユウナの未来を手に入れている。
だがそんなことは今はどうでもいい。ユウナが清純で天使でお姫様で王子様で俺の運命の人なのは宇宙の真理なのだから、それはまぁ置いておいて。今大事なのは、リュックが可愛いもの好きだということだ。可愛いものが好きで、可愛い女の子が好きで、可愛い女の子を着飾るのも好き。こいつ自分着飾れない鬱憤を女遊びで晴らしてる、ただの乙男なんじゃねぇの。それはともかく、中身は体育会系男子の俺よりも、よっぽどセンスが良いのだ。使わない手は無い。

「ホントお願い! キラキラでメロメロでシャランラ〜な感じにして!」

それでもリュックは馬鹿にしたように鼻で笑うだけだった。仕方ない、これだけはしたくなかったが、もう他に手は無い。俺はユウナのためならどこまでだって非情になれるんだ。
リュックの細かく三つ編みされた金髪を、束で掴む。振り払われることのないように、素早く、そして力強く、ガッツリと。要は脅しだ。
父親と兄の惨状から学んだリュックは、本当に本当に頭髪を大事にしている。ただでさえ細く柔らかい金髪、そして肉親の悲劇。俺は知っている、リュックのシャンプーが一本2000ギルすることを。
カッと見開かれた目が、そろそろと掴まれた頭髪と俺の顔を見比べる。冷や汗をその頬に伝わせて、リュックが俺の腰を支えていた両手を肩に移した。そして俺は、勝利を確信したのだ。

「…キラキラで、シャランラ〜、か?」
「メロメロも!」
「おう、おう分かった俺に任せろ。何もかも思う通りにしてやる。してやるからちょっと、ちょっとその手を離せ」
「ありがとッス!」
「手を離せ!!」

血走った目が必死すぎて怖い。多分リュックの中で、スキンヘッドというのは可愛くないものに分類されるのだろう。もう諦めればいいのに。リュックがハゲるのは避けようのない未来だ、血縁的に。

「取り敢えず胸元はこうガバッと。いっそヘソあたりまでいこうと思うんスけど」
「品がねぇよバカ。こういうのは見えそうで見えねぇからいいんだ。それにお前がヘソまで開けたって、腹筋が見えるだけだろ。ユウナんもやしっ子だぞ? 可哀相だからやめろ」
「ユウナほっそいッスもんね〜」
「まぁそれがユウナんの魅力だがな。お前はもっと健康的な色気を目指せ。ビーチで押し倒したい系を目指せ。ピッチピチのTシャツとか着とけ」
「ビーチ!」
「そうだ。日焼けした肌と日焼けしてない肌の境目のエロスだ」
「ふぉぉおお…」

よっしゃそうと決まればいざ買い物へ。
もう一度髪を掴まれることを恐れたのか、慌てて立ち上がったリュックに膝の上から払い落とされ尻餅をついたのには、この際目を瞑ってやろう。そんなに髪が大事か。
ぱっと立ち上がって、もうドアに向かって歩き出してるリュックの後を追い掛ける。何だかんだ言いながらも、最後にはこうやって協力してくれる所は今も昔も変わっていない。相変わらずな親友に嬉しくなって、隣に並んで廊下を歩きながらニヤニヤ笑ってしまう。そんな俺を見て、リュックは呆れたように俺の頭を二回、ぽんぽんと叩いた。昔、男だった俺が女の子のリュックにしたように。照れ臭くて、顔を見られないように一歩、リュックの前に出る。

「色は? 何色がいいッスかね」
「黄色だろ。絶対」
「じゃあ黄色で〜、Tシャツで〜」
「足出せ。ショートパンツ」
「ショートパンツでビーチッスね! そんで………」

俺は殴った。
振り返り様に勢い良く。
俺の一歩後ろを歩くチャラ男の左頬を、渾身の力で。
吹っ飛んだリュックの前髪を掴み、胸に足をかける。渦巻きの浮かぶ瞳を睨みつけ、そして俺は叫んだ。

「ユニフォームじゃねぇか!!」

気付いたか、と言わんばかりに舌打ちしたリュックが足払いをかけてくる。咄嗟に飛びのいて、間合いを開けた。低めに体勢を整えれば、同じく腰を落としたリュックが正面に構えていた。この野郎、髪掴んだ仕返しだな。なんて陰険なんだ。
睨み合って、数秒。俺とリュックの両手ががっちり組み合うのと、ブリッジに繋がるドアがスライドしたのは同時だった。

「あ、二人ともここにいたんだ」

速かったね、俺の動き、ホントに速かった。マッハ出てたんじゃねぇの。エンジェル・ユウナのためなら音速だってあっさり超えてみせるよ、俺は。そのくらいの覚悟、生まれた時からしてるよ。
ドアが開ききるより早く、俺は組んでいたリュックの手を投げ捨てた。自慢のアクロバットな動きで一回転。ひねりまで加えてドアの前に立つユウナの所まで跳躍し、その胸に飛び込む。ぎゅっと抱き着いて顔を上げれば、以前とは逆に俺を見下ろすオッドアイ。今日も可憐だ、ユウナ。もういっそ俺が襲っちゃいたいくらい。

急に手を放されたせいで体勢を崩したチャラ男の悪態を聞き流しつつ、俺は腕に力をこめた。俺とユウナとベイビーの三人で送る、めくるめくハッピーライフを妄想しながら。
取り敢えず、ここからどう寝技に持ち込むか。それが肝心だよね。





2012/01/24 03:15
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