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誰でもなくあなたなのだから ver2
ライブラ事務所に着くと、レオナルドがすでに来ていた。

「おはよー」
「おはようございます」

挨拶を交わしながら所内を見渡し、レオ以外誰も姿が見えないことに首を傾げる。

「あっ、みなさんはですね、」

そんな杏樹に気づいたレオが、すかさず口を開いた。
相変わらず人の機微に聡い子である。


レオの話によると、いつも植物を愛でるかヤマカワさんとプロスフェアー対戦に勤しむかしているクラウスは、別件で部屋を開けているらしい。
ギルベルトもそれに同行したようだ。
書類整理に忙殺されているスティーブンは、さすがに徹夜が五日続いたあたりで限界がきて、先ほどレオがコーヒーを持って行ったところ、仕事部屋で寝落ちしていたとのこと。
気配を感じられないため、チェインも出払っているのだろう。

――え? ザップ?
あの猿の出勤が遅いのは普段通りのことなので、最初から不在など気にしてもいない。


教えてくれたレオに礼を言いつつ、ソファに座ってソニックと戯れていた彼の隣に腰を下ろす。そして壁にかかったカレンダーに何気なく目をやり、そういえば、と思う。

「レオ」
「はい?」

名前を呼ぶと、レオはこてんと首を傾げる。
その仕草が可愛くて、彼は本当に男子なのかと疑いたくなった。

緩みそうになった口元に目敏く気づかれ「杏樹さん、失礼なこと考えてません?」と指摘される。

「あはは、そんなことないって〜」

適当に誤魔化すも、レオはそう簡単に騙されてはくれない。
疑念に満ちた瞳で見つめられた。
ソニックにも同じような視線を向けられたので、わりとショックだった。

閑話休題。

「レオがライブラに入ってしばらく経ったけど、どう? 慣れた?」

杏樹の問いかけに対し、レオはああ、と声を上げる。

「そういえば今日で一か月でしたっけ」

彼の視線は先ほど杏樹が見ていたカレンダーに向けられていた。

「……そうですね、最初はこんな目でも役に立つのか半信半疑で。
みなさん血を操るすごい力を持ってるのに、貧弱な僕が力になれるのかって」

レオは在りし日を懐かしむような表情で、カレンダーの向こう、どこか遠くを眺めていた。

「でも、最近はちゃんと役に立ててるんだなあって思えるようになってきました」

そして、照れくさそうにへへ、と頬をかく。

話の内容を理解しているのかどうか不明だが、ソニックもレオのひざの上でそのつぶらな瞳で彼を見上げている。

「――レオは十分ライブラに貢献してくれてるよ。もうレオなしじゃだめなくらい」

杏樹は微笑んで、レオの柔らかなくせ毛を撫でる。
彼は気恥ずかしそうに身じろぎした。

「だけどね、レオがライブラにとって欠かせない存在である理由は、その目だけじゃないってことは覚えておいて。
『神々の義眼』だけが全て、って思われてるみたいで、少し悲しいな」

眉尻を下げると、見る間にレオは慌て始めた。

「えっ、あの、そう思ってるわけじゃ……! いや、でもそうなのかも……なんか自分でもよくわからなくて……えっと、とっとりあえずごめんなさい?!」

「あはは、カワイイなあ」

おっと。
わたわたするレオを前に、つい本音が出てしまった。
こういうピュアな人材は、ライブラでは絶滅危惧種なものだから……。

「ま、まさかからかったんですか?!!」

涙目を向けられると、相手がレオだからか、何かイケナイことをしているような罪悪感を感じてしまう。

「ごめんごめん、そういうつもりはなかったんだけど」

苦笑して言葉をつづけた。

「“『神々の義眼』を持っているのがレオだったから”じゃなくて、“レオが『神々の義眼』を持ってたから”、わたしたちは君をライブラに迎えたのだし、なくてはならない大切な存在だって思ってるんだよ」

そう告げると、レオはその瞳を大きく見開いた。
双眸から青く美しい輝きがこぼれる。

「クラウス風に言うなら――『君が諦めきれずにそこに立っていたから』かな?」

ソニックをぎゅっと抱きしめて、彼はぱくぱくと口を動かした。
開かれたままの目はとても綺麗で、まるで宝石のようだった。

でも、それはレオの目だからそう感じたのであって。
たとえ彼の目が神々の義眼でなくて、ライブラの一員でもなかったとしても、きっと自分は今このときと同じことを、いつかどこかで必ず感じているはずだ。


▼ 2015/06/12(2015/06/30move)

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