鍵穴にループの呪文 あれからライブラに復帰したが、以前にも増してスティーブンが過保護になった。単独任務を頼まないし、そもそも任務を与えられる数だって少ない。 いやまあ、病み上がりだから当然だと言ってしまえばそこまでなんだろうけど。 おかしいのはいつもスティーブンが一緒だ、ということだ。それ以外の仕事といえば、ライブラのデスクワークを手伝うくらい。 このときの距離感も変だ。なぜかスティーブンの膝の上で書類に目を通しているのだから。 これで果たして彼は仕事ができているのか、と疑問に感じて聞いたことがあったが、笑顔で問題ないよと答えられた。 ずっと事務所にいても退屈だと、休憩時間に外に出ていこうとすれば、どこに行くのか逐一スティーブンは聞いてきて、なら自分も、と必ず同伴する。 エレメンタリースクールに通う子どもでもないのに、ちょっとここまで来たらどうなんだろうなあと思ってしまう。 確かに、あの大怪我は近年まれにみる重傷だったが、HLにいて、ライブラに所属していればあんな程度の怪我誰だって経験する。だから、余計に真意が気になるのだ。 「……ねえ、スティ」 今日も今日とて、ここ最近の定位置スティーブンの膝の上で書類を捌く。 クラウスが自分のデスクでにこにこ顔でこちらを眺めてくる。癒される一方、この状況をなんとかしてほしいと切実に願う杏樹にとっては、なんだか複雑な気持ちだった。 ソファに座っていて、ちらちらと様子を伺ってくるレオナルドに至っては、そんな自分と同じような表情をしていた。 彼の隣のザップは、笑い出しそうなのを必死で堪えているが、全く堪え切れていない。変な音の空気が唇の端から漏れている。誰かが一発ギャグでも披露すれば、今にも爆笑する勢いだ。 レオを挟んでザップとは逆側に腰を下ろすツェッドは、どうしようもない兄弟子を見やって、ため息を吐いていた。 「なんだい杏樹」 スティーブンの返答は、ひどく甘い。口から砂糖を吐き出しそうなくらいに。 先程までクラウスとスティーブン両名に任務の報告をしていたK・Kは、愛銃を握りしめトリガーに指をかけている。笑いながら怒っている。だからこそとんでもなく顔が怖い。いや姐さんほんと洒落にならないんで勘弁してください。 ギルベルトが音もなく、空になっていた杏樹のカップに紅茶を注いでくれる。ありがたいけど今ほしいのはそういう気遣いではない。 「いつまでわたしのこと子ども扱いするわけ?」 言外に、もう妹じゃなくて、れっきとした恋人になったんだけど、と訴える。 同時にザップの頭上の空気が揺らいで、ヒールがふっと現れた。 「いっでええええてめえ犬女!!!」 チェインである。 いつものすまし顔で銀色の頭にヒールを突き刺し佇んでいる。表情は読めないが、杏樹は心の中で謝罪を口にする。スティーブンを想っていた彼女とは、入院していたとき話をした。それで丸く収まったといえばそうだが、杏樹の中にはまだ少しだけもやもやした――罪悪感に近い――ものが残っている。 彼女はそんな様子を察したのか、ふと杏樹を見て「だいじょうぶ」と口だけを動かした。湧き出てきた色んな思いのうち、感謝だけを取り出して「ありがとう」と返すと、チェインはふっと微笑んでくれた。 「やっぱり不安なんだよ。杏樹が大切だから」 という言葉で、再び意識がスティーブンに戻る。 後頭部にキスが落とされる感覚。 人前でここまでスキンシップをしたことはなかったから、妙にむずがゆくて恥ずかしい。 「ありがとう。でもね、あの、なんというか、その、」 「杏樹ー、うざいですオジサンって言ってやれ〜」 「ちょっ?! ザップ?!!」 いつの間にかチェインは姿を消しており、復活したザップがやじを立てる。 「お、俺は、うざいのか……?」 「えっ?! いや、う、うざくないよ?!」 「俺はオジサンなのか……?」 「オジサンでもないよ!? まだ戦いでも現役でしょ?!」 「夜のほうはー?」 「「「ザップ(さん)(あなたは)ちょっと黙って(ください)!!!」」」 杏樹とレオ、ツェッドの怒声が炸裂した。 「あのさ、何かあったの? いくらなんでも、ここまでされると、ね?」 言葉を和らげて振り返ると、スティーブンは困ったように「うーん」と唸る。 「これは俺の責任だからなあ」 「えっと?」 「端的に言えば、もう俺のせいで君に傷ついてほしくないんだよ」 慈愛に満ちた表情で、頭を撫でられる。 けれど、そんなことで騙されるほど、スティーブンとの付き合いは短くない。 杏樹はその瞳の中に自責の念が浮き上がっているのを確かに認めた。 そして、すべてを察した。 「ザァァーップ」 「んだよ、番頭みてーな呼び方して」 スティーブンに言うと、100%自分を責めるから絶対に公言しないようにと口止めしておいたのに。杏樹が自殺行為の如き戦い方をしていたことを、彼にバラしたのだと確信した。 「ちょっと表出ろや銀猿」 「エッ杏樹サン顔激怖いんデスケド」 「寝言は死んでからね?」 「死んだら寝言すら言えねえ!」 嘆く猿はあとで呼び出してお灸を据えると算段をつける。 「もう、大丈夫だからね。わたし、無茶はしないようにするから」 「信用できないなあ」 背後から腕を回して抱きしめられる。 肩口に顎を乗せられて、彼の髪があたって首筋がくすぐったい。 「杏樹、実は君が入院していた時、スティーブンは本当に参っていたのだ。仕事が手につかなくなるどころか、鬼のような形相で倒れるまで業務をこなしていた。どうか許してやってほしい」 もしかしてクラウスも知っていたのか。いや、まあ確かにザップからスティーブンに話が伝わったのなら、ライブラの副官であるスティーブンがリーダー兼上司であるクラウスに言わないのもおかしい話だ。 ……となると。 と、ちらりとK・Kを一瞥するが彼女は知らないようだった。というのも、杏樹が結果的にスティーブンのせいで無茶な戦いをしていたと知るやいなや、彼女の性格ならすぐにデスマッチが勃発しているはずだからである。そんな話は全く聞いたことがなかった。それに今も話の流れが見えない様子で、不思議そうな表情を浮かべているし。 リーダーからの思わぬ助け舟にスティーブンが口を噤んだ気配がする。 もう一度振り返ろうとすると「だめだ」と言われて仕方なく前を向いた。 「今ほんと、恥ずかしいから」 けれどそんな情けない、格好よくない姿でも。 「ふふ。じゃあ、あとちょっとだけ甘えちゃおうかな」 体を捻って頬に口付けると、彼はぱちくりと目を瞬いた。 「愛してる、スティーブン」 ▼ 夢主はスティーブンが怪我をしたとき今の彼と同じくらい心配したのでどっちもどっち 2015/07/31(2017/12/15up) ←back |