曇りガラス越しのさよなら 「は〜〜〜まじ誰のおかげで番頭とゴールインできたと思ってんだよてめえ。もっとこのザップ様に感謝してもいいんじゃねえのかあ?」「まだ結婚(ゴールイン)してないし! あとそのこととお金を貸すことは別問題でしょ??!!」 ヘルサレムズ・ロットの夜は長い。 杏樹はザップと共にとあるバーを訪れていた。 今回スティーブンとの一件でザップには世話になった。その感謝は言い尽くせないほどだ。返礼に近しい意味で、自分のおごりだと言うと、彼が面白いくらいに目を輝かせたのは数時間前のことだ。 「ああ? しゃーねーだろうよ、だって普通に暮らしてても金がなくなってくんだからさァ」 普段はそこそこ酒に強いザップだが、疲れが溜まっていたのか、すでにかなり酔っていた。 「はあ。ザップも女癖、なかなか治らないよね。それこそ誰か一人に落ち着けばいいのに」 カウンターで二人並んで腰を掛けた姿は、傍から見れば恋人同士に映るのだろうか。 そんな取りとめのないことを考えながら、杏樹はグラスを傾ける。複数の氷がぶつかって、からんと音を立てた。 「あのなあ、てめーんなことできるわけねえだろうが」 ザップが酒のたっぷり入ったグラスを片手に、こちらを振り向く。 至極不本意そうな不機嫌な表情をしていて、杏樹は目をぱちくりと瞬いた。 「え? なんで?」 そう尋ねてしまったのは、純粋にザップの言葉に疑問を抱いたからで、客観的に鑑みても当然の流れだった。 * ザップは、しまった、と口をへの字に曲げた。 「別に。お前には教えねえ」 酔いの回った思考回路がそのまま突っ走ろうとするのを、すんでのところで理性が押しとどめた。 ザップは危うく自爆しかけた自らの迂闊さに内心頭を抱えると同時に、なんとかやり過ごしてくれたなけなしの理性に感謝する。 そんなザップに気づくすべもない杏樹は「ふうん、」と納得のいかない様子で、しかし大人しく頷いた。 そしてグラスの中にほんの少し残っていた酒をあおる。ごくり。嚥下に合わせて喉が鳴る。アルコールで多少の赤みを帯びた肌が妙に色香を漂わせる。柔らかそうだ。ああ、いますぐその喉に噛みつきたい。滴る血液はさぞ美味だろう。まるで獣のように、ぎらぎらと光る目で獲物に狙いをすませて――。なんて。馬鹿らしい。 「ほんと、俺の気も知らねーで」 杏樹がグラスを置くのと同時に、酒を一気に飲み干す。そうでもして彼女から無理やり視線を外さなければ、今のは相当やばかった。 「誰よりも愛してるつもりだったけど、まあ、勝てるわけねえよなあ」 相手が相手だし。 虚空を眺めながら口の中でぼやくと、案の定隣で杏樹が首を傾げている気配を感じ、苦笑する。 「なんでもねえよ」 ザップは誤魔化すように、くしゃりと彼女の頭を掻き撫ぜた。 ▼ 本当は「ザップが呟くように告白するが、ぼんやりと別のことを考えていた夢主には聞こえない」というラストにしたかったのですが、どうにもザップがうまい具合に動いてくれませんでした。あえて告白をしない方が彼らしいなと今では思っています 2015/07/22(2017/10/12up) ←back |