秘密のガーデン・アーチ 目を覚ませば愛する人がそこにいる。どこにでもあるようで、どこにでもない、貴い幸せが、触れられる位置にある。 それがどれだけありがたく、恵まれたことであろうか。 杏樹はその幸福を、病室のベッドの上で静かに噛みしめた。 * 傍らで眠る彼に手を伸ばす。 自分とは違う、黒色の少し硬いくせ毛に触れる。 きっとこれが昨日だったら。杏樹が近づこうとすれば、実際は触れていなくても、すぐに察して起きていたに違いない。 今日は、そうではない。これはスティーブンとの関係が変化する前の距離感と同じだった。 心が千切れそうなほどに嬉しい。 寝顔を眺めながら髪を撫でていると、しばらくして「んん、」と彼が身じろぎをした。 「おはよう、スティ」 「…………杏樹、」 微笑めば、彼は半ば茫然とした様子で、たわごとのように呟く。 「ああ、杏樹」 震えた声で、名前を呼ぶ。 「……本当に、生きていてくれて、ありがとう。俺は、救われた気がしたよ」 そして、スティーブンは、くしゃりと顔を歪めて笑った。 「だってまた、愛を、伝えることができるんだから」 ――今まで、すまなかった。 うつむき、項垂れる。 「怖かったんだ。君を、本気で好きになって、愛してしまうことが。兄貴分だからとか、適当なことで誤魔化していたけれど。ただ、本当の意味で誰かを愛することが、怖かった」 スティーブンの膝の上で握りしめられている両拳は、小さく震えていた。 「杏樹、」 スティーブンが語り掛ける。 「これから言うのは、僕にとってすごく都合のいいことだけど、いや、K・Kあたりがこの場にいれば、体に何発も穴をあけられそうな台詞だけど、いいかい?」 そうして、恐る恐る、彼は顔を上げて、杏樹の目を真っ直ぐ見た。 スティーブンの深紅の瞳は色々な感情を映していたけど、一際決意の色が濃く滲み出ていた。 杏樹は無言でうなずく。 「――もし、君さえよければ」 意思の強い紅の中に、僅かな恐怖が揺らめいた。 それすらも愛おしくて、美しい瞳は杏樹を捕らえて離さない。 「君が、よければでいい」 まるで祈るように、スティーブンは言葉を吐き出す。 「……俺を、もう一度。愛してくれないか」 一も二もない、純粋な懇願。 杏樹にとっては、それだけで十分だった。 「うん。うん、」 今なら死んでもいいと馬鹿みたいに、だけど本気で思えた。この人のためなら、どこまでも行ける。 杏樹は込み上げる涙を堪えながら、破顔した。 「こちらこそ、どうかわたしを、今度は妹としてじゃなく……一人のひととして愛してください」 自分たちはきっと、二度と、この幸福を手離すことはないだろう。 交わしたキスは、甘くて愛しい味がした。 ▼ 2015/07/21(2017/10/12up) ←back |