リボンはまだ結べないまま ※一部の描写・表現が大人向けかもしれません(R12〜R15くらい)。「体見せろくそビッチ」 「は? ビッチとかどこの猿が言ってるの? 耳垢つまってるんじゃないの? 変態に見せられるほどこの体は安くできてないんで」 ザップが家に来た。 女である自分の部屋に男を踏み入れさせる。通常ならば多少なれど躊躇するはずだ。 しかし、躊躇うほど杏樹はザップを異性とみなしていない。 とりあえず中に招くと、真っ先に失礼千万な台詞を吐かれたので、マジトーンで言葉を返した。 「最近怪我しすぎなんだよてめえ。それで隠してるつもりかよ」 「もしかしてスティにもばれてる?」 「いんや、ばれてねえ」 「そう。それならいいや。じゃあさよならザップ、また明日ね」 「いや待てよこのザップ様におもてなしもなしかよ! お前の故郷のカルチャーだろ!」 「日本人は猿におもてなししないんで」 「確かに……。じゃなくて!」 一通り茶番を済ませたところで、「真面目に心配してんだ。ちったあお前もまともに話聞け」どすんとザップがベッドに座った。 これはてこでも動かないパターンだ。 人ん家で我が物顔か、と怒るのは今更すぎるため、わざわざ指摘せず大人しく隣に腰を下ろす。 「どんだけ怪我したんだ」 「別に」 「……はあ」 「ごめ、」 「ごめんとか思ってもねえこと口にすんな」 「……じゃあなんて言えばいいのよ」 「さあ。知らん」 「無責任すぎ……」 ザップの考えなさに開いた口が塞がらなかったが、ため息をついた後、観念したように杏樹は「わかった」と頷いた。 * 着ていたカジュアルシャツのボタンを外し、脇によける。 そしてキャミソールも脱いでブラだけになった女の姿。 通常なら即夜戦に突入するザップであろうとも、そのきめ細やかな白い肌を隠すように、真新しい包帯が胴体に巻かれているのを確認すると、険しく眉間に皺を寄せた。 包帯を巻いていない部分にも、打ち身や傷のあとが多く残っており、ひどく痛々しい。 鬱血部をなぞるように撫でる。杏樹はほんの少し顔を歪めた。あいにく、ザップはそんな表情に加虐心をあおられる趣味は持ち合わせていない。ただ苦しいだけだった。 普通の女は、隠していても自分が傷ついているのを他人に気付いてほしいと思っている節が強いが、目の前の女は、自分を傷つけるだけ傷つけて、周囲に全く頼らないし、思わせぶりな素振りもしない。何も訴えない。それがザップにとって、好感を持てるところであり、同時にそうではないところであった。 「まじでお前面倒くせえ」 ザップは低く呻く。 どうでもいい女なら、勝手に傷ついて勝手に野垂れ死ねばいい。相手にするのは厄介だから放っておく。しかしこいつは違う。 「もう俺んとこ来れば?」 それは気変わりをしろ、と言っているのではない。 ひとまず心が落ち着くまで、誰かが傍にいてやらないと、いつか取り返しのならないことになると思ったのだ。 言葉少なな一言の真意を杏樹も汲み取ったらしい。 「……ザップが、わたしに優しくしないなら」 しばし悩んで、真顔で答える彼女を受けて「あー、そりゃあ無理だな」とぼやく。 「そう」 杏樹は眉ひとつ動かさなかった。 宿主がこのような状況でも、海のように透き通った瞳は相も変わらず、憎いほど美しい。 やりきれねえなあ。 ザップは内心独り言ちる。 彼女がこんな姿になったのは、ただ一人のためで。こんな姿になった彼女を癒してやれるのも、そのただ一人なのだから。 「優しくしねえから、甘やかしていいか」 貧相な頭では、優しくしないで杏樹の傍にいられる方法が思いつかなかった。 本当に、やるせない。ああ自分にヘドが出る。 ザップがせめてもの屁理屈にと吐き出した言葉に、「あはは、それどっちも一緒じゃん」と杏樹は顔を歪めて、泣きそうに笑った。皮肉にも、それが自分に向けられた本日最初で最後の笑顔だった。 ▼ 2015/07/23(2017/09/11up) ←back |