描けなかった正しい螺旋 裏路地で適当な異界人を叩きのめしたあの夜。ザップにそれとなく行動を諌められていたから、感情を他人やものにあたることはやめた。 その代わり、だったのか。自分でもよくわからない。単独任務や唯一事情を知るザップとツーマンセルの任務にあたる際、かなりの割合で無茶をするようになった。 それは瀕死の敵を過剰に甚振ることだったり、ときに敵陣に無謀に突入して負傷を厭わず戦闘を繰り返したりすることだった。 蹂躙に夢中になっているその瞬間だけは、頭の中の雑念を忘れられた。 隙を見せれば今にも溶けだそうとする心の氷を、再び固められた。 今日も。 何度も何度も、頭足類を模した異界人を滅多刺しにする。 ザップはいない。一人だけの任務だ。 巷で流行っているエンジェルスケイルに次ぐ第二の麻薬の情報元をきくはずだったんだけど、そいつは抵抗した。あまつさえ逃亡して、そこが人気のない路地だったから武器で脅して、知っている内容を吐くだけ吐かせて殺してしまった。 しばらく無心で刺していたが、ふっと正気が戻ってくる。 その一瞬、なんでこんなことをしているのだろう、と漠然と思う。 びちゃり、と無脊椎動物特有の青い血が頬にはじけ飛んだ。 何も考えなくて済む代わりに、何の感情も昂ぶらない。ただ作業じみた機械的な行為。 ――馬鹿馬鹿しい。 急に気持ちが覚めて、刺していた刃をぶよぶよとした胴体から抜いた。 途端。背後から、ずぶり、と何かが肉に沈み込む音がした。 ごほ、と咳をすればジュースのように血が溢れた。 無脊椎動物のそれとは違う、残酷なほど赤く美しい鉄の味だった。 「あは」 自然と口角が上がる。 己の腹から飛び出た刃を握る。 今のこのご時世、飛び道具じゃなくて刃物を武器に使うなんて――それに、心臓を貫かなかったなんて――変わった人だ。 振り向いて笑みを深くした。 すると面白いくらいに怯んだから、これ幸いとばかりに至近距離から仕返しをお見舞いした。 でもなぜ自分の顔を見てたじろいだのか。 深々と鎌に刺さる人型を眺めて首を傾げた。 腹部を貫通していた刃を抜くと、その事切れた持ち主もろとも道に打ち捨てる。 なんだか思ったより大けがしちゃったなあ、と思いつつ、まあ一か所だけだし、すぐに病院にいけばなんとかなる。 歩き出した一歩目は、ふらりと眩暈がしたがそれ以外は支障ない。 傷口を抑え、ブラッド・ベリに急いだ。 * 傷を縫合して、失った血の分を輸血すれば、その日のうちにポイ、だった。 負傷具合はなかなかに重かったが、元々体が丈夫なのと、対処が早かったのでなんとかなったらしい。 それ以前にそこですでに「なんとかなって」しまうのは、さすがミス・エステヴィスである。 しかし、治療が終わったあとに「もうこういうことはやめなよ〜?」と彼女にも諭された。 実はここ最近の頻繁な負傷は、すべてエステヴィスに請け負ってもらっていたのだ。 「近頃……って言っても、三週間くらい前からだけど、かなり怪我多いよね?」 「……まあ」 「何か難しい仕事頼まれてるの? 自分の体はひとつしかないんだから、大切にしないとだめだよ」 「はあい」 本当は、あの人に愛されるためにも体を大切にして、生きていなければいけないとわかっている。 しかしあの行為にある、自分が自分ではなくなり、コントロールできなくなる一瞬。思考を放棄して殺戮を行う一瞬が、気持ちよかったのだ。 一度覚えた快楽は、頭の隅にやけに残っていた。燻る残り火は、それこそどんなに努力してもやめられない薬物のにおいを漂わせていた。 この国では、その筋の関係者たちは麻薬をアイスと称していたそうだが、なるほど納得できた。 自分の心を凍結したままにするために、刹那の快感を得ているのだから。 狂っている。 心の奥で、理性が声をあげた。 おまえは狂っている。 そうかもしれない。 けれど、それでもいいと思った。 何をしても、どんなことになっても。氷づけの愛さえあれば。 ▼ 2015/07/23(2017/07/20up) ←back |