ひびかないひげき 狡い女だと罵ってくれたら、どれだけ心が軽くなったことか。あいつはこんなときだけはない頭が働くのか、自分ひとりだけが勝手に救われるのを決して許さなかった。 目が合った途端、目前までやってきて問答無用で腕を掴むと、その馬鹿力に顔を歪めているこちらを気にも留めず、自宅まで連れてきた。 道中、あいつ――ザップは何一つしゃべらなかった。何があった、とも、どうした、とも訊かない。バカでも空気は読めるんだなあと変なところで感心した。 こっちから泣きつくとでも思ったのだろうか、ザップ宅のベッドに腰を落ち着けてからも、一言も発しない。 あの人にフラれて、その日のうちに別の男の家にいるなんて、尻の軽い、まさに都合のいい女だ。そんなつもりはなかったんだけど、結果だけ見るとやりきれない。 誰もこなかったら、否、こないだろうと確信していたから、路地で不満を発散するだけ発散して、翌日からは普段通り出勤しようという心づもりだった。そうすればこの凍結した感情も、きっとそのままにできると思ったから。自分から救いを渇望したのに、いざ願いが叶ってみると妙に居心地が悪かった。 「帰る」と告げて立ち上がろうとすれば、また腕を掴まれてベッドへ逆戻り。力が強くて躰が痛くなるから、ザップに抱きしめられるのはそんなに好きじゃなかった。でも、色濃く香る葉巻のにおいはなぜだか好きだった。顔を胸に埋めさせるように頭を押さえつけて、ザップは一言「泣けよ」とだけ、言った。その声音が、変に柔らかくて優しくて、いつものザップとは比べ物にならないほどひどく格好良くみえて。ああ、はじめからこの人を好きになっていればよかったのかなあ、と一度悟ってしまえば、ぽろぽろと涙が溢れてきて止まらなかった。 ▼ 2015/07/20(2016/12/20up) ←back |