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いつかその背中で泣けるように ver2
病院の廊下を駆ける。
走ってはいけないとわかっているけど、でも無理だ。
リノリウムの床を蹴り飛ばし、目的の病室まで急いだ。



今日は珍しく朝まで一緒に過ごして、起きて、別々のミッションに出かけて。危険はもちろん伴うけど、K.K.がいれば安泰だと思っていたし、夕方になればまた変わらない姿を見せてくれると何の根拠もなく信じていた。
なんて馬鹿なんだろう、と自分に嫌気がさす。スティーブンがいつも無事でいてくれる保証なんて、どこにもないはずなのに。ライブラの一員だったら、なおさら。



「スティーブンッ!!」

病室の扉を勢いよくあけると、包帯でぐるぐるに巻かれたスティーブンが目に飛び込んだ。
本当に怪我はもう大丈夫なのか、その具合はどのくらいか、いつになれば退院できるのか、様々な思いが頭の中に次々生まれては消え、それは濃い焦燥の色を表情にうつしだす。

「……杏樹、病院では静かに」

そんな私とは対照的に、彼は至極普段通りに苦笑して応える。

「だって……!だって、」

ツンと鼻をついたのは、薬品のにおいのせいだと自身を誤魔化す。
それでも思わず視界が歪んでしまって、口を噤んだ。

ここは病院だ。スティーブンの言う通り、大声を上げてよい場所ではない。
――そして。
危険に身を晒す仕事柄、世界に身体を捧げるということがどういうことなのか。悲しいことに、それをはっきり理解できるくらい、自分はもういい歳の大人だった。

「……ごめん」

形振り構って怒って泣ける、そんな年齢もとうにすぎていたし、取り乱す感情を律する理性がしっかりと残っていた。
じわり、と視界がさらに滲んでも、しかし、涙はこぼれない。
その謝罪の真意を汲んだスティーブンが、苦笑したまま、全くしょうがないなと呟いた。

「おいで、杏樹」

そう手招きされるのに弱いことを、わかってるはずなのに。

「ずるい」
「そうだな」
「こういうときだけ、子ども扱いする」
「そうだな」

優しい手つきで髪を撫でられたら、ひどく泣きそうになる。

「……いつまで経っても、君は僕のかわいい妹分だよ」

『妹』という表現をきき、唇を尖らせる。

「あのねえ、わたしは、」
もう23なんだけど、と言おうとしたとき。

包帯で分厚くなった腕に強引に引き寄せられる。
「愛してる」。
頬にそっと、キスが落ちた。
     

▼ 2015/06/18(2016/02/20up,2016/04/03move)

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