いつかその背中で泣けるように 病院の廊下を駆ける。走ってはいけないとわかっているけど、でも無理だ。リノリウムを蹴り飛ばし、目的の病室まで急いだ。 * 今日は珍しく朝まで一緒にすごして、起きて、別々のミッションに出かけて。危険はもちろん伴うけど、K.K.がいれば安泰だと思っていたし、夕方になればまた変わらない姿を見せてくれると何の根拠もなく信じていた。 なんて馬鹿なんだろう、と自分に嫌気がさす。スティーブンがいつも無事でいてくれる保証なんて、どこにもないはずなのに。ライブラの一員だったら、なおさら。 * 「スティーブンッ!!」「……杏樹、病院では静かに」 病室の扉を勢いよくあけると、包帯でぐるぐるに巻かれたスティーブンが目に飛び込む。彼は苦笑気味に応える。「だって……!だって、」思わず表情を歪める。口を、噤んだ。ここは病院で。それに。悲しいことに、自分はもういい歳の大人だった。「……ごめん」形振り構って怒って泣ける、そんな年齢はとうにすぎていたし、取り乱す感情を律する理性がしっかりと残っていた。じわり、と視界が滲む。しかし、涙はこぼれない。その謝罪の真意を汲んだスティーブンが、苦笑したまま、全くしょうがないなと呟いた。「おいで、杏樹」そう言われるのに弱いことを、わかってるはずなのに。「ずるい」「そうだな」「こういうときだけ、子ども扱いする」「そうだな」優しい手つきで髪を撫でられたら、ひどく泣きそうになる。「……いつまで経っても、君は僕のかわいい妹分だよ」『妹』という表現をきき、唇を尖らせる。「あのねえ、わたしは、」もう23なんだけど、と言おうとしたとき。包帯で分厚くなった腕に強引に引き寄せられる。「愛してる」。頬にそっと、キスが落ちた。 ▼ どこかの時系列での話。 2015/06/18(2016/02/20up,2016/04/03move) ←back |