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誰も虹を架けないで
ザップの娘だという少女、バレリーが突然現れたのはほんの一週間前のことだ。

この際なので説明は割愛するが、色々あって彼女の身体の検診と保護を目的に、ライブラは彼女とザップ、レオナルドを同じ部屋に住まわせるよう決定した。


「バレリー、遊びに来たよ〜!」

杏樹がインターホンに向かって告げると、すぐに勢いよく扉が開いて、白銀の塊が腹に突進してきた。

「ぐおっ」

つい女子ならぬ声を出してしまうが、不可抗力だ。

「杏樹〜〜チーズとニコチンくさいのもうやだよ〜」

銀色の塊だと勘違いしたのは、当のバレリーの頭だった。
彼女は杏樹に抱き付いたまま、杏樹を見上げて涙目で訴える。
この子は歳の割に大人(主にザップ)を出し抜くしたたかな面はあるが、今の場合は冗談の類ではないだろう。

「まあまあ。そう言うと思って、ケーキ買ってきたよ! 甘いもの、好きでしょ?」

今までずっとハンズアップの体勢を取っていたが、それはケーキの箱を持っていたからだった。バレリーに突進されたときも、この箱だけは死守した。

杏樹の言葉を耳にして、バレリーはみるみるうちに表情を明るくする。

「やったあ! 杏樹大好き!!」

再びぎゅうーと抱き付かれる。こんなに可愛い子が本当にザップの子どもなのだろうか。
全く信じられないが、ここはHL。なんでもござれの場所であるから、ありえないこともない。世界は残酷なんだなあと、クズの父親を思いやって、バレリーに同情した。

「オイいま失礼なこと思っただろ!」

部屋に入ると居間からさっそく声が飛んできた。野生の勘は感度良好らしい。
断ったものの、バレリーがお茶とケーキの用意を譲らなかったので、言葉に甘えて頼むことにする。
杏樹は部屋の入り口からでもにおう、なんともいえないそれに眉根を寄せて口を曲げた。

「レオー、生きてるー?」

居間に出ると隅には空き缶がたまっており、ソファにはふんぞり返っている某猿がいたが、それはスルーしてソファーの近く、カーペットの上に座ってぽちぽちカメラをいじっていたレオに話しかけた。

彼の肩には相変わらずソニックがいて、その尻尾にはリボンが結ばれていた。十中八九バレリーがしたものだ。女の子だなあと、自分を棚に上げながら口元を綻ばせた。

「あー、はい、生きてますよ一応」

はは、と笑うレオは半ば空笑い気味である。
まあ基本的に集団生活能力のないザップと共に、チーズとニコチンのにおいが染みついた部屋で暮らせばこうなるのも頷ける。

「ご愁傷様、レオ」
「ありがとうございます、杏樹さん」
「……って華麗に俺を無視するんじゃねえ!」
「それはパパの日ごろの行いが悪いからじゃない? 」
「たまに辛辣なこと言うよなお前……」

と、そんなところでお茶の準備が終わったバレリーが、ケーキとコーヒーをトレイに乗せてやってくる。

ソファの前の机にトレイを置いたバレリーから、コーヒーを受け取る。
高価なコーヒーも用意されていたはずだが、バレリーは通常の市販品を選んだようだ。
一口含むと、インスタントコーヒー独特の風味が咥内に広がる。どこか懐かしい気持ちだ。
それにーー自分たちがあまり待たないでいいように、急いでコーヒーを淹れたバレリーが容易に想像できて、ふんわりとしたあたたかな思いが胸に沁み渡った。

味だとか舌触りだとか、香りとか。そういうことも大切だけれど。

「ありがとう、バレリー。とってもおいしいよ」

――どんな形であれ心のこもったものがもっと大切で、世界で一番おいしいんだ。

「ねえ、ザップ。あなたもそう思うでしょ?」

バレリーの期待のまなざしを受けて、ザップは気まずそうに目をそらす。
バレリーはしゅんと肩を落とすが、数秒の間のあと「ガキにしちゃ、上出来じゃね」とザップが呟く。
「パパ大好き!」バレリーは笑顔の花を咲かせて、ザップの元へダイブした。


▼ お茶の準備早いけど、ケトルでわかしたってことで。ダイブされたザップのコーヒーの行方はご想像におまかせします。ちょっと時系列あやふやなのが申し訳ないです……;;
  バレリー&ザップそれぞれ視点で「(誰も虹を架けないで、)10年後、自分から虹をかけて会いにいくから」というイメージで。
  2015/07/02(2015/08/18up,2015/08/24move)

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