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解ける糸で結んでおきます
「おいで」と柔らかな声音とともに手招きされると、ついついそちらへ赴いてしまうのはもう癖になってるからだとしか。幼いころ繰り返しされてきたせいか、中々抜けないのだ。スティーブンに呼ばれるままに、彼のデスクへ向かう。徹夜三日目の表情は、あたりまえだがひどく疲れきっていて、濃い隈もできていた。多くの女性たちが振り向く色男のあられもない姿だ。それを知っているのはライブラのメンバーだけで。そう思うと少しだけ優越感が生まれる。いやな女だなあと内心苦笑しながら、しかし面には出さない。「何? スティ」デスクの片隅の置かれたコーヒーは、先ほど杏樹が淹れたものだったが、まだ口はつけられていなかった。
しかし同じようにそこにあった小さな箱は、ラッピングが解かれきちんと開けられていた。
もや、と心の中に言いようのない感情が広がる。「こっち」そんな杏樹を知ってか知らずか、スティーブンは自分の隣に来るよう促した。

デスクの内側に回り込むと、左手を出して、と言われる。
一体何なのだろう、徹夜中のスティーブンは何をするか予測不可能なところがあるからなあ、と本人に知られれば相当危ないことを思いつつ、彼の言葉に従う。
「……え、スティー……ブン?」
するすると、骨ばった男の人らしい指先で薬指に結ばれたのは、赤いリボン。
意図がわからず、茫然と彼を見つめる。スティーブンは疲労の滲む顔で眉を下げて笑った。
「よやく」
「…………、え、えっ?!」
数秒かかってようやくその意味を理解して声を上げることができたが、ちょっと待てよと頭をフル回転させる。「これスティがほかの女の人からもらったプレゼントのリボンじゃない!」
「ははは、ばれたか」「ばれる以前の問題だよ! もう!」
少しだけどきっとしてしまったあのときめきを返してほしい。そうして怒ってスティーブンに背を向けて、自分の仕事をしにさっさとソファへ戻ってしまったから、もうどうしようもない。このときスティーブンがどんな表情をしていたのかも、彼の本当の思いもわからないまま。


▼ 2015/06/12(2015/07/25up,2015/08/01/move)

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