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絶望の水底
――コンゴウ突破作戦。
多くの分野の知識に富み、常に広い視野で物事を考える「蒼き鋼」の優れた艦長、千早群像。そして全体の補佐と戦術を執り行う波崎杏樹は、潜水艦イ401を囮に利用し、振動弾頭や大半のクルーを同乗させた本命を重巡洋艦タカオとする作戦を提案した。
「蒼き鋼」の最も重要な船艇を――それも、イオナと群像を乗せたまま――囮にする作戦に、思いついた身でありながら、杏樹は最後まで承服できないでいた。しかし「あの」コンゴウを出し抜くためには、この方法が最も有力であるのを理解しており、結局は彼ら二人を送り出すことしか術がなかったのである。





後悔。
自分のしてしまったことを、あとになって悔やむこと。
この感情が、杏樹の心を大きく占めていた。

艦長をはじめクルーたちの席が並ぶタカオの司令室は、その場の雰囲気に合わずファンシーだった。
杏樹は目の前に広がる嵐の先を、奥歯を噛み締めて睨んでいた。あの作戦を了承してしまった自分を張り倒したい衝動に駆られた。

ヒュウガ、ハルナ、キリシマというかの大戦艦級がこれだけ探しているのにも関わらず、イ401からの反応はない。タカオのソナーの音も先程聞かせてもらったが、潜水艦らしき振動も見つからなかった。

重巡洋艦と大戦艦では、軽巡洋艦や駆逐艦、潜水艦とは異なり、ソナー・センサーの及ぶ範囲が狭く、さらに、超重力砲による磁場の乱れが生じていることが唯二の救いだった。彼女たちの現在の捜索レンジより、もっと離れたところに、イ401が存在している可能性があるからだ。

イ401はコンゴウ率いる東洋方面艦隊による攻撃を切り抜けた。これは事実で間違いない。問題はその後だ。コンゴウ打破で満身創痍だったイ401の隙をついた何者かがいる。
せめて、自分だけでも同乗できていたら。主な指揮を行う群像と、ソナー・火器両方を担当していただろうイオナの客観的なサポートが可能だったはずだ。

『もしものとき、僧と共にタカオの指揮を執ってくれ』

頼んだぞ、と。
そんなふうに頼りにされてしまえば、断ることもできないじゃないか。

今思えば、出航直前群像が言った「もしも」とは、タカオに何かあったとき、ではなく、自分たちイ401に何かあったとき、のことではなかっただろうか。
過去の選択の数々がひどく、ひどく悔やまれた。今までは、そのようなことがないように、いつもそれぞれの選択を吟味し、後悔のない方法を取ってきたはずだった。

「群像、イオナ、どうか、どうか無事でいて……!」

メンタルモデルですらない杏樹には、タカオやヒュウガたちのように自らイ401を捜索することはできない。ただ彼女からの信号を待つだけであった。これほどまでに、自らの無力さを嘆いた日はない。

東洋方面艦隊の艦影が消えたのを確認して、タカオが航路を変えてゆく。陰鬱な空気を抱えたまま、一行は嵐の中を祈り続けていた。


▼ 2014/04/04(2014/06/14up)
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