アルペジオ→3W | ナノ
羽を落とした隼の価値
※この話では、夢主が「世直し」という一族であるという設定に(少しですが)触れています。苦手な方はご注意ください。


































――大戦艦ハルナ及びキリシマ。

彼女たちは人類の敵である霧の艦隊の船艇であった。
しかし先日横須賀にてイオナとの戦いに敗れ、ナノマテリアルを大量消費した末、メンタルモデルの実体化が精一杯という状況に陥ってしまう。そんな二人を救ったのが、かの振動弾頭の製作者刑部蒔絵だった。それ以降の「政府のゴタゴタ」は割愛するとして、結果的にイオナに救われる形で、イ401に同乗、硫黄島を訪れることになったのである。





あまり出番はないものの、一応全体補助兼戦術担当の杏樹は横須賀での一戦時のイオナの解説、またソナーやセンサーからの二隻の振動・ノイズ、攻撃パターン等から、漠然とではあったが彼女たちの性格を察していた。

ハルナは冷静沈着タイプで慎重、人間の言語に興味を覚えているが、どこか達観しておりさめている。
一方のキリシマは猪突猛進タイプで単純、知力も備えているが攻撃的で、その反面常に退屈を持て余している。それぞれにこのように推察できたし、あながち間違ってはいないだろうと思っていた。
しかし実際、こうして顔を合わせてみるとどうにも想像と重ならないのである。ある意味、「丸く」なっているといえば正しいのかもしれない。そもそも、キリシマに至っては人型をしていないのだし。

蒔絵がヒュウガから簡単な身体検査を受け、他のイオナクルー一行がタカオに絡まれている中、杏樹とその当の二隻は成り行きで共に多くのコンテナが並ぶ運搬フロアにいた。杏樹が脳内の思考に沿って、ちらりとクマのぬいぐるみ化としているキリシマに目をやる。

「なんだ! こんな姿だと思って油断してると痛い目に遭うぞ!」

ぷんすこ腕を振り上げて怒るクマは、全く怖くなくむしろ可愛いというのが正直なところだが、それを口にすればそれこそ本気でキレかねないので、杏樹はあえて黙っていた。
その沈黙をどう受け取ったのか、クマ状態のキリシマ――キリクマの半歩後ろに佇んでいたハルナが固い面持ちで口を開いた。

「……波崎杏樹。この際だ、人と同じように過ごすお前の意見を聞いてみたい」

おいハルナ、と反論しかけたキリシマの言葉を手で制し、彼女は言葉を続けた。

「船艇を失った『メンタルモデル』には何の価値があると思う?」

杏樹はそれを聞いて息を呑んだ。驚いた。まさか、「あの」霧の艦隊の大戦艦がこんな疑問を抱くだなんて。キリシマも絶句したようで、二の句を告げられない様子だった。
蒔絵に出会い、人のぬくもりに触れ、ハルナは変わったのだろう。そして今も、蒔絵のために変わろうとしている。またそれは少なからずキリシマにも影響しているのだ。

「ハルナは、価値がないと思ってる?」

杏樹の問いに、彼女は静かに頷いた。キリシマを見る。彼女も同じように首を縦に振った。

「確かに、船艇が――少なくともそれなりの量のナノマテリアルがないと、蒔絵を守れないことは事実だよね。まあ、あるに越したことはない。でも、わかってるとは思うけど……蒔絵は戦いを望んでいない。そのことも覚えておいてね。蒔絵にとって、あなたたちは『ともだち』。それが最上の価値。あなたたちが傍にいるだけで、きっと彼女は幸せだよ」

「そこに、蒔絵の傍にいるだけでいいのか……? それだけで価値があるのか?」

静寂に満ちた空間に、ハルナの思いつめた声が響く。キリシマもそれは疑問に感じたようで、無言で杏樹を促す。

「大好きな人が隣にいる。それだけで人は幸せになれる単純な生き物なの。こう言っちゃうと混乱するかもしれないけど――実際は価値があるとかないとか関係ないんだよね。だからこそ……多分蒔絵に訊くと怒られてたよ。わたしに訊いて正解だったかも」

ふむ、とキリシマが難しい顔でクマの手を顎に当てた。

「人というものは想像以上に難解なのだな……」

ハルナは何も言わなかったものの、妙に納得した表情を浮かべていた。

――メンタルモデルとデザインチャイルド。決して相容れないとは言わせない。こうして思いを通じ合わせることだってできるのだ。たとえ、船艇を実体化することができなくても、絆という見えない糸が繋ぐ奇跡は、案外起こりうるように思えた。


▼ 2014/04/02(2014/05/11up)
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