アルペジオ→3W | ナノ
鈍色の慟哭
※この話では、夢主が「世直し」という一族であるという設定に(少し内容をぼかした一文だけですが)触れています。また、コンゴウの過去について捏造している部分があります。苦手な方はご注意ください。













































――大戦艦コンゴウ。
東洋方面第一巡航艦隊旗艦を務める彼女の演算処理能力は、他のどの船艇にも劣らない。それゆえにプライドも高く、アドミラリティ・コードに逸脱する存在をひどく嫌った。
杏樹はこの硫黄島に招いてはじめて、そんな彼女にもただ一人、過去に隣に立つことを許した者がいたことを知った。





あわよくばコンゴウ、マヤと打ち解け、戦闘を回避したい群像が選んだのは硫黄島で直接会話を交わすことだった。現在は施設内でのお茶のあと、ビーチに出てバーベキューを行っていた。
「蒼き鋼」のメンバーやハルナ、キリシマ、蒔絵、そしてマヤまでもが楽しみながら食事をしている中、コンゴウだけが離れたところにいる。パラソルの下、ビーチチェアーに腰かけ、どこか退屈そうにしていた。傍らのテーブルにはイオナかヒュウガが運んだらしき料理と飲み物が、所在なさげに在った。けれど珍しいことに、このような様子のコンゴウから苛立ちは感じ取れず、杏樹は少し気になって彼女の傍へ赴いた。

「こんにちは、コンゴウ」

テーブルを挟んだ位置から笑って話しかけるも、コンゴウは興味なさげな表情のまま「波崎杏樹か」とちらり、視線を寄こしただけだった。
推測はしていたが、ここまで冷たくあしらわれるのは心にきついものがあるなあ、と杏樹は内心苦笑した。
それでもそこに苛立ちや邪険にするような雰囲気は読み取れず、案外コンゴウはちゃんと話が通じる人なのかもしれない、と思った。おそらくプライドが高い、それだけなのだ。そうとわかれば、と杏樹は意気込んでもう一度口を開いた。





まさか本当に話しかけてくるとは。
コンゴウは、先程から杏樹がこちらをちらちら窺っていたことには気づいていた。しかし仮にも自分は霧の艦隊、東洋方面第一巡航艦隊の旗艦である。それなりの威厳もあり、正直うっとうしいのであまりにも見てくるようなら千早群像とイ401に砲撃のひとつでもくれてやろうと思っていた。

「こんにちは、コンゴウ」

本来の予想に反して笑顔で話しかけてくる杏樹を横目に、コンゴウは多少の驚きと同時に妙な違和感を覚えた。もちろんそんなことは面には出さないものの、コンゴウは自らの中で答えを探していく。その間にも杏樹が続けて話を振っていたが、ただの浜辺のBGMくらいにしか思っていなかった。気だるい夏のような浜辺に響く、明るい笑い声も、コンゴウは努めて聴覚からシャットアウトしていた。

「――そうだ、お前はヤツに似ている」

しばらくして杏樹と言葉を交わした際に感じた違和感の正体に思いあたり、コンゴウは改めて杏樹の顔を見た。彼女の表情には「ヤツとは誰だ?」と言わんばかりの疑問符が貼り付けられている。そんなふうに考えが顔に出やすいあたりもよく似ていると、珍しく感慨深げに思い返した。しかし自分をこのような気持ちにさせるのも、千早群像とイ401の策略かと思い至ると、苛立ちが復活する。

「以前いた、私の艦長のことだ」

たとえ機嫌が優れなくとも、元々疑問を起こさせるような言い方をしたのはこちらの方であり、それに対し何も答えないのは自らのプライドに反する。したがってコンゴウは簡潔に言葉を返した。
急に纏う雰囲気が不穏なものに変わったことを察したのか、杏樹は「そうなんだ」と頷き、口を噤む。なぜ霧の艦隊に艦長がいるのか、なぜ自分に似ていると告げたのか……おそらく他にも疑問に思っていることはいくつもあるだろうに、杏樹は何も言わなかった。その慎重さ、その謙虚さにコンゴウは僅かに感心した。

「ヤツは突然任命されたあげく、私の中に土足で踏み込んできた、世にも珍しい人間だった。最期は私の制止も聞かずに停泊していた大陸に勝手に上陸し、人類側に捕えられて射殺された、哀れで間抜けな男だ」

杏樹は静かにコンゴウの話を聞いていた。思考を荒立てられることなく、コンゴウは凪いだ気持ちで海を見つめた。感情、というほどのものではないが、なぜだかこの黄昏色の少女の隣にいることは嫌いではなかった。彼女が正確には人間ではないことが関係しているのかもしれない。





しかし、自分たちは兵器である。アドミラリティ・コードに従い、全海域を封鎖する。そのためには、目の前の敵イ401を沈める。彼女は異端だ。絶対的命令を無視し、あまつさえ感情をも持った。さらには千早群像という人間と協力し、我ら霧の艦隊の船艇を次々と懐柔し続けているではないか。そのようなことは決して許されることではない。

『――私とあなたは、とてもよく似ている』

概念伝達で直接会話した際、イ401に投げかけられた言葉に、反吐が出る。

『独りは、寂しい。だから私は群像と、杏樹といるの』

どうやっても消えない言葉に、コンゴウは激しく苛立つ。
無意識の内に、隣で砲弾を放つマヤに縋るように視線を向けた。「カーニバルだよっ!」と楽しそうに声を上げ、鋼鉄の嵐の中くるくると舞っていた。ああ、そうだ。そうでなくては、自分たち霧の艦隊は兵器でいればよいのだ。感情という無駄なものは切り捨てて、命令にだけ従えばよいのだ。
だから――だから、艦長など必要ないのだ。





自らの中に、土足で踏み込んでくる者は、ヤツだけではなかったのか。
刃を向けても向けても、イ401はコンゴウの概念に張り巡らされた茨を破壊して突き進んでくる。己はこの少女を叩き潰さなければ気が済まない。理由はどうだっていい。自分を犠牲にしてもかまわない。気に食わないのだ。兵器は、船艇は、アドミラリティ・コードに従う。それだけが存在理由なのだから。

「コンゴウ! 私はあなたを助けたい!!」

華奢な少女から響く悲痛な叫び。なんという邪魔なノイズだろう。しかしその言葉は、ヤツと重なる。死んでから、いなくなってから、自分が少なからず感情というものを抱いていたと知ったとき、自らに絶望し失望した。そしてそれ以降は決して抱くまいと決めていた。努めて非情を装い、それがようやく本当になったというのに、イ401、お前はそれをも壊すのか。身体の奥底から憤怒が湧きあがり、その勢いのままにイ401を超重力砲の射程ゼロ距離に突き落とす。もがき続けるも、もう遅い。

「お前は私と共に、消えろ」

紫紺の砲口が、一際大きく大きく光を放った。





マヤ、ナガラを取りこんでいたコンゴウの姿が崩れていく。杏樹は、群像や他のクルーたちとイ401の中からその光景を眺めながら、今すぐにでも駆けだしたい衝動に駆られた。イオナは無事だと確認できた。でも、コンゴウは?
結局は二度も戦ってしまったけれど、自分があの硫黄島で見たコンゴウの穏やかな表情は、嘘ではなかったはずなのだ。

自らの刃で串刺しになった大戦艦コンゴウが着水する。同時にイ401は海面に浮上し、杏樹はすぐにヒュウガに頼んでイオナとコンゴウの元へ向かわせてもらう。たまご型カプセルから降りたあと、姿を見つけると真っ先に二人に駆けていき、抱きついた。

「よかった……! 本当によかった、二人が無事で……!」

感極まる杏樹に、慣れた様子のイオナはうん、といつもの調子で頷く。一方、今はわかりあえたといえ、杏樹が仮にも敵であった己の身を案ずる理由がわからないコンゴウは「私も……?」と戸惑った。
しかし、そんなことは些細な問題である。杏樹はあたりまえだよ!とコンゴウに向かって明るく笑んだ。

「だって、『友達の友達は、友達』。そうでしょ?」





――ああ、ああ、もう私は、独りではないのだな。
いや、実際は、ヤツに出会ったころから、もう――。
杏樹の言葉を聞き、コンゴウは静かに涙した。

そして同時に理解した。
どうして自分があそこまでイ401に執着していたかを。

その原因は今となってはとても単純でくだらない――羨望という名の感情だった。


▼ コンゴウにも過去に艦長がいたという話。
  時系列が前後する+話が長いので、分けてアップするか否かで迷いましたが、最終的には分けないでアップしました。
  2014/04/04(2014/06/29up)
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