物分かりいい振りして蝶結び
「芥川さんって、歯車見えたりしない?」


ポート・マフィアの芥川一派に宛がわれた一室のソファに腰を下ろした絢は、手元で開いていた年季物の分厚い本をぱたんと閉じ、向かいに座り時折咳を繰り返す上司――芥川龍之介に尋ねた。
あくまでも軽軽としたその口調その表情を前に、芥川は眉をぴくりと動かした。

「ストレスが溜まってると見えちゃうんだって。目の病気とかではないらしいけど、でも片頭痛の原因になったりして、放っておくと辛いみたいだよ?」

節電の為だと言って最小限の電灯に抑えてある薄暗い部屋で、絢にとって芥川との間にある丸机だけがぼんやりと白い光を放っていた。

絢の言葉を聞いたものの、ほぼ表情筋を動かさない芥川ではあったが、何か思うところがあったのかしばし沈黙した。
しかし、それはほんの数秒でやがて口を開く。同時にすっかり芥川と同化した周囲の闇が動いた気がした。

「木偶が何を言うかと思えば。僕(やつがれ)には歯車は見えない」

けほりと咳をする。

芥川にしてはわかりやすい嘘であった。
絢は珍しく眉根を寄せて、嫌悪感を露わにした。

「なんだその顔は?」

絢のそんな表情を目の前にして、芥川はただ真っ暗な瞳を彼女に向けた。
虚無しか存在しない黒い目は、ずっと合わせていると理由もなくひどく不安になる。それなのに逸らすことができない不可思議な魅力を持っていた。

「……別に、なんでもな〜い」

それは嘘だろうと指摘してもよかったけれど、それは芥川の意思にそぐわない応答だ。
きっと言葉にした瞬間に投げ飛ばされるに違いない。

常日頃は教育がなってないと口うるさく八つ当たりのように仕置きをする芥川とは、こうして普通に会話できることすら滅多にないのだから、その折角の機会を無駄にしたくないという思いが絢の中にあった。

そうして胸の内の感情を誤魔化して、絢は普段と寸分違わず軽薄に笑った。


▼ 絢が読んでいた本は『歯車』です。文スト内で芥川さんは歯車が見えていたかどうかはわかりませんが、当夢小説では時折見えているという設定で。2013/08/29(2013/09/08up)
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