世紀末ごっこ
※1巻
































――秋羽佐 絢。

ポート・マフィア所属、芥川の部下である齢19歳の少女の名前だ。

彼女は、幼いころポート・マフィアに所属していた両親に、そのマフィアの息がかかった『能力』の研究所に身を売られ、以降は研究の実験対象として生きてきた。
彼女の中には自ら選び取り生きるという選択肢はなく、『自らより上位の存在に生かされている』という概念しか存在しない。それは長い拘束生活を経て自分の思考を捨て、意志すらもマフィアに売ってしまったからこそ生まれたものなのだろう。

彼女を見れば、一見明るく人間味のあるような性格をしていると受け取る者もいるだろうが、その実はひどく歪みきっていた。

本来の人格を消された副作用も、そこには現れているのかもしれない。


『原型』とは正反対の性質に出来上がった『偽物』である彼女は、まるで調教者の命令しか聞かない、人間性を失った獣だった。





「中島……敦クン、って言ったっけ? どうもこんにちは、それからさようならァ!」

けらけらと狂ったように笑う少女を前に、狭い路地でポート・マフィアのメンバーに挟まれ、かつ味方であった谷崎潤一郎とナオミが半ば戦闘不能という危機的状況に置かれていながら、中島敦は自分の知る黄昏の少女と、目の前の少女との間に既視感を覚える。
そしてそれとともに、ただ純粋に戸惑った。
あれほどまでに危うい。なのに、ありえないほど安定して揺らぎのない雰囲気を持つ人間を目にしたことが初めてで困惑したのである。

「君は……一体なんなんだ?!」

その狂気に染まったくすんだ青色を見ていると、得体のしれないものに出遭ったときに抱くものに似た恐怖だけがわけもなく徐々に、しかし確かに生まれ、それに耐えきれずに敦は声を上げた。

「あっは! 怖いんだあ……可哀そうに! でも大丈夫だよ、だって君は今すぐに死ぬんだから! 死んじゃったらなにもわからなくなるからさ!」

笑うだけしか能のない壊れた人形のように、少女は鮮やかに笑む。


ナオミに重症を負わされたことに激怒していた谷崎が行動を起こす次の瞬間まで、僅かな時間であったけれど、敦は彼女の纏う空気に呑まれ、まるで蜘蛛の糸にでも絡まれたかのように、一指すら動かせなかった。


▼ 『黄昏の少女』は杏樹のことです
  2013/08/29(2013/08/30up)
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