偽善者と世迷言
真っ黒に塗りつぶされた部屋は、今日も健在だ。
そして我が上司芥川龍之介も相変わらずソファに腰を下ろしてげほげほと咳を繰り返しているがこれも普段通りなので、健在しているとしよう。その隣には珍しく樋口が座っており、彼女はそんな上司の様子に変わらず慌てている。

絢を含む三者が同じ部屋に会するのはいつもの光景だが、なぜ今日は彼女が芥川の隣にいるのだろうか、とふと疑問に感じた。
ちりちりと燻る炎が胸を焼く感覚を覚え、絢は眉根を寄せた。半ばそのわけのわからないものの八つ当たりとして、芥川に言葉をぶつけた。

「ヤツガレ先輩はァ、太宰治に認められたかったの?」

芥川は咳が落ち着いたあとに「どうしてそう思う?」と尋ね返した。

芥川の普段と大差ない無表情とは裏腹に、纏う禍々しい黒い気配は、その威圧と圧迫感を増幅させる。いまにも襲いかかってきそうな彼の能力に、絢はおかしそうに哂う。
芥川は苛つきの浮かんだ表情で舌打ちをし、木偶の発言に対しそのような感情を抱いたことが許せないようで、気を紛らわせるようにコートから煙草を取りだした。

「だって、芥川さん、あの人虎に執着しすぎィ〜」

上司のことだから、人虎に世話を焼いているのが誰かくらい検討がついているはずだ。もちろんそれが以前の芥川の上司、太宰であることも。

芥川と太宰の間に何があったのかは知らないが、第六感の鋭い絢にはわかる。
逃亡した太宰を気にするのは、マフィアの仕事として納得がいくが、執着の仕方が普通ではない。芥川は人虎以上に、太宰に対し執着している。それを敢えて口にしなかったのは、絢も自身の命が惜しかったからだった。

「……そう見えるか」

芥川は煙草を口から放して、煙を吐く。ただその仕草だけであっても、芥川の険呑な空気は変わりはしない。隣の樋口は一発触発しそうな雰囲気に狼狽えながらも委縮してしまっているようだ。絢の口角はますます上がる。

「うん。そう見えるよ、とっても」

執着するのはいいことだけれど、執着しすぎると危険であることは、芥川も重々承知しているだろう。それでも彼は人虎――そして太宰を――追うのだ。嗚呼、なんて面白おかしいのだろう。
まるで太宰への当てつけのように人虎を追う芥川は、本当に人間らしい。

四六時中表情を動かさず、まるで機械か何かであるように冷酷にすら振る舞う芥川が、太宰の話題を出すだけで、こんなにも感情を露わにするのだから。

「気分が優れない。一度出る。樋口、」

ソファを立つ芥川が樋口に一瞥をくれると、彼女は焦った様子で「は、はい!」と応え、二人ともが部屋をあとにする。
残された絢は、空中に漂う煙草の煙をぼんやり眺めながら「ちょっとからかいすぎたかなァ」とどこか狂った笑みを零す。しかしそれはいつもと比べて、幾分か覇気のない笑みであった。本人は自らの抱く不可解な感情の正体に、決して気づきはしないだろう。


▼ 絢は芥川に気に入られている樋口が羨ましいと思うと同時に、執着という歪んだ感情を向けられている太宰すらも羨望しています。それは芥川が自分(絢)のことには一切の感情を見せないことが起因しています。自分に向けられる感情の有無など関係なかったはずなのですが、そんな嫉妬に似たものを抱き始めているのは、彼女がマフィア内といえどたくさんの他人と関わり、無意識に心境が変化してきたからなんだろうと思います。……って文章の中でわかるように書けよって話ですが;;
  2013/12/15(2014/05/19up)
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