小指空いてます
杏樹は探偵社のデスクに就き、ある依頼の解決への段取りをパソコンに打ちこんでいた。
昼下がりの社内には、ぽかぽかとした太陽の光が差し込み、丁度よいあたたかさが満ちる。こういうときは仕事をしていても、心地よさにまどろみそうになるから困る。
一度立ちあがって眠気覚ましに――いつもの紅茶ではなく――珈琲を淹れてこようと、椅子を引いたときだった。

「……杏樹ちゃんって、赤い糸って信じる?」

隣のデスクに腰を下ろしていた乱歩が唐突に話を振ってきた。仕事に就いているとはものも言いようで、実際は椅子に座っているものの、その足は机の上に放り出されている。現在別件で外出している独歩がもしこの場にいれば、即座に叱責が飛んだに違いない。

「はあ……、赤い糸、ですか」

席が隣同士ということもあって、乱歩に脈絡のない会話を投げられることには慣れている杏樹であっても、今回ばかりはどう答えたものかと反復せざるをえない。そんな杏樹に対し、乱歩はあくまでもにこにこと「うん。赤い糸。すてきだよね」と頷くばかりだ。

「まあそれは一応……信じてますよ? 実際に存在するかどうかの議論は脇に置いても、やっぱりあると思っていた方が夢がありますし」

少し悩んだ末、杏樹はそう答えた。乱歩はといえば、満足そうに何度も頷いたあとで「それじゃあその糸があると仮定して、杏樹ちゃんのは誰に繋がってると思う?」とさらに問いかける。
それを聞いた杏樹は困ったように眉を下げた。

「わたしが答えられないってわかってるくせに。乱歩さんって時々意地悪ですよね」
「まあね。だって気になる子には悪戯したくなるじゃない?」

乱歩は普段より三割増しくらいの真剣さで返したつもりだったのだが、杏樹はそれを本気と捉えていないらしく、「お世辞でも嬉しいです」とくすくす笑う。乱歩はそんな杏樹にむっと唇を尖らせた。まあ今は太宰もソファで寝てるし気付かないよな、なんて打算しながら。

「僕の小指は空いてるんだけどなあ」
ね、杏樹ちゃん?

そっと手を取って、その甲に口付ければ、杏樹の頬に朱が差した。慌てて手を引こうとする彼女に向かって、乱歩は追い打ちをかけるように、杏樹の青く美しい瞳を真っ直ぐに見つめてこう言った。

「僕と赤い糸、繋いでみない?」


▼ まあこのあと乱歩さんは太宰さんの鉄拳(と言う名の本の角)による被害に会うのですが(笑)。太宰さんはソファの上で開いた本を顔の上に被せて眠っていると思いきや、実は起きてたオチです。ところでうちの文スト夢は三人称なので、地の文で文豪の方々の名前をどう表記すべきか悩む今日この頃……
  2013/12/15(2013/12/31up)
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