おぬしも数寄者
※『桜の樹の下には』の話















上司曰く「節電の為」に暗くしてある普段の一室で、変わらずソファに沈み込む絢だったが、テーブルを挟んだその向かいのソファには、黒いコートの陰険咳男は不在であった。その代わりに、ゴーグルをかけマフラーを巻いた白衣の同僚――梶井基次郎が腰を下ろしていた。
真っ暗な闇は、また芥川とは別の種類の奇妙な雰囲気を持つ梶井によって、幾分か違うものになっていた。重厚で濃厚な印象の一部分が軽快さに置換されたような感覚を覚える。

「……桜の樹の下には――って絢チャンはわかる?」

珍しくも、絢が静寂を破るより先に言葉を発したのは梶井だった。絢は少し目を丸くしたが、梶井の問いに素直に頷く。

「死体が埋まってる、でしょ〜ぉ?」

その返答を聞いて満足そうに口角を上げる梶井に対し、絢はいまいち質問の意図がわかっておらず、眉を寄せて首を傾げた。すぐさま「悩ましげな絢チャンも素敵だ!」と叫ぶ梶井はいつものことなので放置をしておく。
蛇足で説明しておくと、彼は出会った瞬間絢に一目惚れをしたらしく、以降ことあるごとにセクハラをしようとしたり変態発言をしたりするのである。閑話休題。

じと、と絢が睨むように催促すると、梶井はきらんとゴーグルを光らせながらも、しかしこれ以上余計なことを言うと絢に物理的なお小言を据えられるのを承知しているので、黙って口を開いた。

「僕は美しすぎるとさ、信じられない性質なんだよ」

ますます首を傾げる絢を見て、梶井は苦笑しつつも「性分みたいなものだ」と応えた。

「だって落ち着かないだろう? 無条件でただただ美しいものって、逆に気持ち悪く感じない?」

そう何度も訴えられると、絢もだんだんとそんな気がしてくる。
美しさが気持ちが悪いとはおかしなことだが、確かにあまりにも美しいものはまるでこの世のものではない気がして存在を信じられなくなる。まあ、絢にとってはそれは時と場合に限るのだが。梶井はそれが常であるようだ。

「だから、僕はそこに残酷さや残忍さを見出すのさ。それを見つければ、ほっとして、真っ直ぐ見ることができるようになる。桜然り、蜻蛉然り」

そして続けて、梶井は恐るべき言葉を言い放った。

「――もちろん、秋羽佐絢然り、ね」

絢は、どのような表情をすべきか迷った。それは美しいものとして捉えられたのだと喜ぶべきなのか、それとも残酷な一面を持つ人間だということと同義の直接的な表現をされて憤るべきなのか悲しむべきなのか。しかしすぐにそんな思考は、元来駒である自分には無意味だという結論に達する。そうした絢の感情を読み取った梶井は、くつくつと喉の奥を鳴らした。

「うん。やっぱり絢チャンは可愛いな。とっても愛おしいよ」

研究対象にしたいくらい、と付け加える彼のゴーグルの奥で細められる瞳は、一体どんな色をしているのだろう。
絢からは見えなかったが、凡人が見て名をつけるならそれは「優しい色」なるものだろうと思う。しかしそれは梶井らしくないものであるし、あくまでも推測にすぎない。そもそも自分にとって色恋沙汰など必要はないのだ。望もうと思わないどころか、そういうふうにできていないのだから。

ただ一応、社交辞令として「ありがとう」とは言っておいた。梶井がふ、と口の端を緩める。それがやけに柔らかい様子で、絢の目にはひどく焼き付いた。彼が与謝野に敗北したと聞いたときには――なぜか鮮明に思い出されて、終始ずっとこびりついて離れなかった。


▼ 梶井さんのキャラが掴めない……;;
  Kの昇天や檸檬の話も書きたいですね
  2013/11/26(2014/01/20up)
戻る
[ 16/17 ]
|
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -