猫と好奇心
※芥川さんは犬嫌いだという話























――すっかり夜も更けたころ。

「……あ。犬」

ポート・マフィアの大御所様が横浜から少し離れた港に、重要な取引を交わしに行くということで、その道中、芥川を始め樋口や絢たちは護衛の任に就いていた。
周囲を警戒しつつ先陣を切っているのは樋口。その後ろには御所様。半歩後退した位置には芥川。そして周辺を他数人が護りを固めていた。そんな集団の最後尾で、ぽつりと全く場違いな単語を漏らしたのが絢である。

彼女のすぐ傍にいた者はもちろん、耳聡い芥川も、もちろんその言葉を聞きつけた。僅かに耳を動かし、緩慢な動作で振り向く。その鋭い視線が空間を貫いた。
人を殺す勢いを持つその射抜くような目に、絢はまるで戦闘中の快感に似た高揚感を覚える。自然とつり上がる口の端を必死に堪えようとしたが、逆に変な顔になってしまった自覚はあった。

「いやあ、さっき黒い犬がいたもので」
「戯言も大概にしろ。場を弁えることもできないのか」

本当なんだけどなあ、と咳をしつつ再び視線を前に戻した芥川をぼんやりと眺めながら、絢は内心呟いた。芥川にはただの冗談だと切り捨てられたが、月明かりだけを頼りにして夜闇を進む中、先程絢の瞳には、立ち並ぶ数々の倉庫の一角に、赤く目を光らせた黒い犬の影がはっきりと映っていたのだ。
その影は月光に照らされて、陽炎のようにゆらゆらと揺らめき、神秘的でいて、どこか不気味だった。それは欧州に伝わる黒妖犬を連想させる。不吉の象徴として名高い妖精ではあったが、絢にとっては逆に好奇心を揺さぶり、感情を昂らせる以外の何物でもなかった。
そんな絢の様子を気配で感じ取ったのか、また芥川がゆっくりと振り返る。その死んだ魚のごとく目をもろともせず、絢はただ笑う。芥川は苛立ちを隠せていない表情のまま眉根を寄せ、もう一度前に向き直った。

――ああ、これは帰ったら『教育』という名のお仕置きかなぁ。

ほぼ自業自得なのだが、如何せんこの性分はなかなか治せないものだから仕方ない。
絢は一人でうんうんと頷いた。
しかし無抵抗に受け入れるというのも、今回に限ってはできない。なにせ、犬がいたのは本当なのだから。絢は気難しい上司の機嫌を取るため、どこかで猫を調達してくる算段をつけ始めた。こんな夜に猫が闊歩しているとは思えないが、まあどうにかするしかない。絢は特攻をかけてくる可能性のある敵よりも、いち早く猫を見つけようと暗闇に目を凝らしたのであった。


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  2013/09/19(2013/12/31up)
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