なにもしらないくせに寝息をたててるおまえが憎いんだよ 「――自分にしかできないことが、あるんじゃないかって、」そう口を開く常守の言葉を縢が遮る。 俺たちはそもそも、その選択肢すら与えられなかったと。 そんなことで悩むのは傲慢であると。 そういわんばかりの口調は、なるほど確かに正しい。 正しすぎる理論。 でもそれは、糺(ただ)しくはない。 杏樹は頭の片隅でそんなことを思いながら、口の中の物を咀嚼する。 敢えて二人の会話に口を出さないのは、常守にこの職場ではこういう厳しさもあると理解させようとしているからだ。 それゆえ、彼女が話し始めるのは常守がいなくなってからである。 「……一応、黙っていたけど」 常に気を張る監視官であろうとも、公安局の人間として仕事をしているとき以外の杏樹の瞳は決まって穏やかな色をしている。しかしこのときは少しだけ、縢を咎めるような色を見せた。 「きみと彼女では、立場が違うってことわかってて言ったでしょ?」 まあね、と反省の気も見せずおどけた様子で肩をすくめる縢を見て、杏樹はまるで聞き分けのない子どもを前にしたときのようにため息を吐いた。 「意地が悪いね」 そこで笑いながら縢に礼を言われるが、なにぶん彼女は心外である。 「別に褒めているわけじゃないし」 そして杏樹は言葉を続ける。 いつの間にか口の中の白米は嚥下し尽くしていて、トレーに乗っている皿もご飯粒一つもないほどに綺麗だった。 「第一、朱ちゃんの『監視官になった理由』はわたしよりは正当な理由だと思う」 杏樹は、以前、執行官に命を救われたことがある。 しかし彼女の場合、それゆえ監査官を目指したというわけではない。 何世紀に一回の本当に特殊なケースであった、としか言いようがない。 何があろうとも、彼女は監査官でなくてはならなかったのだ。 自らの使命のために。 「そうかな? 俺は世界を救う杏樹の方が正当だと思うけど?」 「そんな大そうなものじゃないよ」 わたしは誰も救えない。 「ええ? だって俺たちを救ってくれるんでしょ、杏樹は」 飄々と、さもあたりまえと言うふうにのたまう縢に、彼女は苦笑する。 そこには悪意などないとわかっているからこその苦笑だ。 「違うよ、わたしは誰も救わないし、救えない。君たちが自分の力で助かるだけだよ」 今度はそれこそ縢が心外だ、というふうに驚愕と疑義に満ちた表情をする。 ぽたぽた、と二人のグラスの淵についていた水滴が落ちる。同時に、氷がからんと音を立てる。 杏樹は何も言わず、ただじっと、そんな縢の顔を見つめた。え、なんかついてる?!と困惑する彼。面白い、などと思ったことは彼女の中だけの秘密である。うまく誤魔化せた、なんてことも思ってはいない。断じて。 ( ほんとうのりゆう ) ▼ 固い三人称視点で。アニメ一話より。初PP夢です。かなり短め。縢くんに物申す。本文からは結構クールな印象を受ける夢主ですが実はそうではないんです;; ちなみに本文に出てくる『使命』とか『世界を救う』云々は、ぼかしてますがつまるところ11/11企画で公開した例のあの設定です そしてタイトルは縢から朱ちゃんへのニュアンスを込めて 2012/12/11(2013/08/13moveagain) ←back |