PP→トロイメライの忘れもの | ナノ
強くあれよ
※ 二期の最終話後で、劇場版より前の時系列の話。
男主メインの話なので、BLDです。ご注意ください。


刑事課の一係の朝は早い。

もっとも、ブースに一番早く出勤するのは早番の勤務にあたる者だけだ。今回、それに該当するのは宜野座だった。

執行官となり性格が寛容になったとはいえ、時間に対してまでは寛容になれないのは、やはり宜野座の元来の生真面目さと監視官時代の名残が残っているのだろう。
始業時間を守るのは通常当たり前のことであるが、そんなことを考えてしまうのはやはり、頭のどこかにそれなりに時間にルーズだった征陸と狡噛の残影があるからか。

午前六時きっかりに一係のブースに足を踏み入れる。

ふと、入口右斜め向こう、執行官の座席に監視官専用のジャケットを羽織った後姿が目に入る。
線は細いががっしりとした体格から男だということがわかる。
加えて、その髪はまばゆいばかりの金色だった。

二つの条件に思い当たる知り合いは宜野座にとって一人しかいない。
しかし、彼はなぜ『監視官専用のジャケットを羽織って』いるのか。

よもや波崎杏樹が何らかのミラクルにより男体化したのでは、という考えが浮かぶが、さすがの宜野座も馬鹿馬鹿しく思って、推測項目から排除した。
宜野座がそのようならしくない可能性を思いついてしまうほど、それはありえないことだった。
――執行官に堕ちた監視官が、再び監視官として就任するなど。


「ああ、おはようチカ」

そうして前代未聞の偉業を成し遂げた男、波崎ゆずは、いつものように宜野座に笑いかけた。





午前九時前。
通常業務の始業に合わせて、続々と一係の面々が揃う。

杏樹と朱は前もって知らされていたらしく、改めて新監視官の就任を落ち着いた様子で祝っている。
一方の霜月なんかは、監視官のジャケットを着たゆずを見た瞬間卒倒してしまった。
そんな彼女を介抱しつつ、喜びの言葉を述べているのは六合塚だ。ゆずも照れくさそうにそれに応えていた。

そしてつい先日ゆずと共に三係から一係に戻ってきた縢は、ゆずがいかに監視官登用試験の勉強を頑張ったかを雄弁に雛河に語っている。
対する雛河も熱心に聞いているものだから、今にも縢が調子に乗りそうだ。

珍しく賑わしい同僚たちを眺めながら、宜野座は懐かしさに似た感情がじわじわと胸の内に広がっていくのがわかった。


数分してようやく復活した霜月がゆずに「どうしてあなたなんかが監視官になれたんですか!」と不平の声を上げる。

霜月は執行官の存在を軽んじている。犯罪係数が自分よりはるか黒い者が同じ立場に立つことを許せない。高い自尊心がそこにはある。
『そういう』クリアカラーの保ち方もあるのは、宜野座も賛成はしないが理解している。

けれどその話以前に、最近の彼女は自らが監視官となった本来の目的を忘れつつあるように思う。
元はといえば、母校の女生徒連続殺人事件がきっかけで、もう彼女たちのような被害者を生み出さないために――という純粋な願いを叶えるためだったようだが。面接ではそう答えたと、朱伝いに聞いている。

宜野座の思考は、続くゆずの言葉によって遮られた。


「あのなあ、ちゃんと最初は俺も監視官志望だったんだぞ? ちょっとシビュラに疑念持っちゃって潜在犯になっただけで」

へらへらと笑うゆずを見て「それって相当ヤバいじゃないですか……」と霜月も呆れ顔、というよりかなり引いていた。

「でもまあ、俺も『駄々こねてる』だけじゃあ駄目だってやっと理解したからさ」

ゆずには一度、シビュラに対し反旗を翻し公安局から逃亡、のちに執行された経験がある。
そして槙島聖護と結託し、シビュラに一矢報いようとしたが結局は失敗。
その後杏樹と朱の尽力のかいあって、執行官として公安局に舞い戻ってきたが、鹿矛囲を巡る事件に追われていた時期は価値観のあまり合わない三係にいたために、縢と揃って肩身の狭い思いをしていたそうだ。

彼は全くそんな素振りを見せなかったから、恋人という最も近い立場にありながら、それに気づけなかったのは宜野座としても情けない限りである。

そして、ゆずは思うように動けないまま、メンタルケア施設立てこもり事件で旧友青柳を失った上に、ドローン乗っ取り無差別殺傷事件でほとんどの三係のメンバーも屍に変わったのだ。
三係は人間の心のない非情な集団だったが、それでも同僚の死は堪えた。

これまで、ゆずには監視官になる能力があったが、どうしてもシビュラ・システムを受け入れることができなかった。
それゆえに、犯罪係数が下がらず、監視官登用を目指すことすら叶わなかった。

だがゆずは先日の鹿矛囲事件をきっかけに、自分がシビュラに反抗した時期から今までを振り返って、執行官の立場では無力だと改めて悟ったのだろう。その言葉を借りるならば――『駄々をこねる』のをやめたのだ。


「自分の中でなんとかシビュラと折り合いをつけてさ。今はシビュラは市民の大多数に必要とされているし、民主主義的には正当なものだ。それを理解したうえで、俺はいつかシビュラが決定的な間違いを犯したとき。もしくは、シビュラが市民の過半数から支持されなくなったとき。今度こそシビュラを壊すことに決めた」

こんな考え持ってても色相はライトブルーなんだよなあ、とゆずは冗談めかして笑った。

霜月なんかは恐怖からか青い顔をしているが、宜野座はゆずの瞳の奥に並々ならぬ決意と覚悟を見た。
態度こそ飄々としている。シビュラへの従順も誓っている。けれどその裏には常に反逆の刃をちらつかせている。

割り切ることは決して簡単ではなかったはずだ。まして、犯罪係数を200も一気に下げることは。尋常ではない精神力。

なんて恐ろしいやつだ、と宜野座は不覚にも『頼もしく』思ってしまった。
宜野座はシビュラシステムに恭順しているわけでもなく、反抗の意を唱えているわけでもない。
しかし、なぜだか彼に『引っ張られる』。
初登用が執行官だったのが惜しいくらいのカリスマ性だ。

「いろいろと事件に巻き込まれやすい一係だし、監視官がもう一人いるくらいのほうが安心だろ? これからよろしくお願いしますね、セ ン パ イ」

年齢が十も違う大の男からウインクを飛ばされるという強烈な絵図を前にして、霜月は顔をひきつらせて昇天する。慌てて、再び六合塚が介抱に走る。
あの二人、本当に姉妹みたいに仲がいいな、と宜野座はぼんやりと感想を抱いていたために、ゆずが耳元まで口を寄せたのに気づかなかった。

「監視官への登用祝い、期待してるぞ伸元。今夜は腰が砕けるまで相手をしてもらうからな」

突然鼓膜を揺らした甘く低い声にびくりと肩を揺らし、その次に聞こえた体中が痒くなるような台詞に赤面する。

幸いにも、ほかのメンバーは霜月の方に視線が集中しているようで二人のやりとりを察することはない。


「……ああ、わかった。今夜だけだからな」

溜息をつきながら不承不承頷く宜野座に、ゆずは満足そうに笑む。
彼の背中では、ジャケットの上で二匹の蛇も笑っていた。


▼ 蛇に関しては二通りの解釈ができるようにしました。
  実はこの男主の「いろいろと〜」という発言は劇場版で、朱や女主が海外に行くことの伏線になってます。
  一応サイコパス二期沿いの話はこれでお仕舞です。詳しいあとがき
  2014/12/23(2015/06/02up)
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