PP→トロイメライの忘れもの | ナノ
ひそめたそれは生きるため
※アニメ二期最終話後


杏樹は朱と同じように常にクリアカラーだが、その価値観が少し違う。

朱はどれだけシビュラが憎くても、反抗することはなく、常に法の順守だけを突き通す人間だ。彼女の中にはそんな強固な信念がある。

しかし杏樹は、場合によってはシビュラを裏切るつもりでいながらも、「今は」それを享受し、従順している人間だった。

一年半前。まだ朱が強い意志を持てていなかったころ。
槙島聖護は杏樹の内側にある相反する感情を悟り、それでも光り輝くまま――クリアカラーのまま――決して堕ちることのない杏樹を手に入れることを希求した。そういう意味で彼は朱ではなく杏樹を選んだ。

一方で、今回の事件では、カムイは両者の性質を察した上で、どこまでも法の順守と秩序の安定を望む朱を最期の審判に求めた。


杏樹は、シビュラを裏切り、現在の法も秩序も壊すことを厭わない自分では、カムイの願いにそぐわないことを知っていた。
だから、杏樹はこの人選に対して納得しているし、もちろん不平や不満を抱くわけもない。代わりに、残念だったと息をついただけだった。

鹿矛囲桐斗。十五年前、飛行機事故に遭い手術を経て、サイマティックスキャンに感知されない透明人間と化した青年。

彼ともっと話をしたかったのだ。ドローン工場の無差別殺傷事件の際、朱が追いつく前に時間稼ぎのため会話を繋いだ。それきりだった。
彼はシビュラを前にしたとき、ふと朱に漏らしたそうだ。「もう少し前に君と出会っていても、いずれはこうなっていただろう」と。

杏樹も確かにそう思う。だが、そこで「でも、」という言葉が生まれてしまっていた。もし、救えていたら。ただの傲慢であると自覚していたにもかかわらず、考えずにはいられなかった。

結果としてシビュラには変革と進化が訪れた。
それが吉と出るか凶と出るかは、市民が選ぶことだ。
せめて、148人の犠牲者ではなく、カムイ自身の願いが報われる社会になることを杏樹は祈る。





緊急時以外には職員や業者を除いて立ち入り禁止である地下鉄の退避レーン。

杏樹はほのかな明かりの元、白い百合の花束を抱えて線路を歩く。
朱から聞いた場所。シビュラシステムの中枢区画に繋がるトンネルの手前までやってくる。空気は静まり返り、聞こえるのは三つの音。自分が砂利を踏みしめる音と呼吸音、そしてトンネルの奥からかすかに響いてくる、獣が唸るような低い音だけだった。
今にも引きずり込まれそうなほど黒く不気味な闇が杏樹を誘っていた。

その入口の脇にそっと花束を添える。
微風により白百合が揺れ、甘い匂いが宙に漂う。
可憐に花開いた百合は、暗い空間で唯一その純潔を保っていた。白い光を発しているという錯覚を覚えてしまうほどに。

本来ならば、鹿矛囲の死に場所まで行くべきだった。
しかし弔いのためだけにシビュラが一個人の侵入を許可することはまずない。
したがって杏樹はこのトンネルの前までで我慢することにした。鹿矛囲にも、それで我慢してもらうことにした。

ここは墓前、と言えば語弊があるが、それに似た所ではある。心を無にして手を合わせていると、感情が知らず知らずのうちに整理されていき、最後に一つだけ思いが残される。

「――生きて、いてほしかったなあ」

いつの間にか言葉に出してしまっていた。
そうだ、自分は朱をある種の見取り人として鹿矛囲が死んで、残念に思ったのではない。
それに加えて、あの「でも、」のあとに続くのは、もっと彼と話を交わして、内面を知り、彼を救いこの計画を止めるなどという驕った考えでもなかった。

それらはすべて、自分の感情を適当に理屈づけたものだ。
塗り固められた様々な言葉を剥ぎ取って一番中心にあったのは、「生きていてほしかった」という単なる悲歎だった。それに気づいた途端、哀惜や後悔が一気に押し寄せた。

鹿矛囲桐斗は歪んでいた。
自らの目的のために多くの死傷者を出す、数々の悲惨な事件を起こした。彼は狂っていた。
これは事実だ。
けれど同時にひどく優しい人間だった、と。杏樹は思うのだ。

しばらくの間、鹿矛囲に思いを馳せていたが、まもなくして踵を返す。

「さようなら、鹿矛囲」

悲しみは残らずすべて白百合と共に置いていく。
杏樹はトンネルを背に、躊躇うことなく歩き出した。


▼ 前話からかなり時系列が飛んですみません(汗)
  個人的に微妙な箇所が少しあるので、また加筆修正するかもしれません。
  2014/12/23(2015/02/24up)
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