PP→トロイメライの忘れもの | ナノ
かなしきかな
※男主side


シビュラシステムを破壊する。
そして波崎杏樹を手に入れる。

この二つが槙島聖護という男の主な目的だった。
後者には得てして賛同できなかったが、前者に関しては大歓迎だった。
ただシビュラを失った後、この国はどうなってしまうのか。それだけが懸念材料だった。
しかしそんなことも、この憎いシビュラがなくなると思うと気にならなくなった。

出会った最初のころはあれだけ反発していた槙島に対して寛容になってきた自分に、自身でさえも驚いていた。
決して相容れない存在同士なのに、不可思議な化学反応を起こして惹かれあった俺たちの関係にあくまでも名はない。敢えて名づけるなら――。いや、それは野暮だな、やめておこう。





ノナタワーの最上階。

屋上へと続くであろう階段に腰を下ろして、来るシビュラの死した世界に思いを馳せた。
それはどれほど素晴らしいものであろうか。

実際のところシビュラの存在しない世界を求める理由は槙島と俺は少し違っていた。
槙島の場合は色々語ってはいるが、根本にあるのはシビュラによって疎外されたから。ただそれだけだ。
俺の場合は、シビュラのない世界の方が人は幸せになれると思っているからだ。

槙島が見たことのないその世界を、俺は知っていた。そんな世界でずっと生きていた。そこではもちろん犯罪は絶えなかったけれど、それでも人は思い思いの幸せを描いて生きていた。その表情はどれも眩しく俺の瞳に映った。
だから、そんな世界を取り戻したい。

――例え、旧友たちを敵に回したとしても。

床を蹴る一つの靴音が駆けこんできた。

ああ、ついにこのときがやってきた。





俺が三年前に見たこの人とは、まるで別人のようだった。

波崎ゆず。

金髪の凄腕執行官の名前である。
彼は年齢の面で見れば彼は俺やギノの先輩にあたる人物だった。

明るく気さくな性格で、執行官だとはまるで思えなかった。それほどまでに普通な人間だったのだ。振る舞いも何もかもが、だ。
しかし日常の端に、どこか自嘲に似た寂しげな表情を浮かべることがあり、それを目撃した俺たちは、いつも言いようのない不安に駆られた。

彼とともに仕事をしたのは、四年だった。
あの堅物のギノの価値観すら変えてみせたよき先輩は、四年前のある日を境に失踪した。

その日になにがあったのか、俺は詳しいことは知らない。
ギノに訊いてみようかとも思ったが、このときのこいつは様子が甚だおかしかった。
公安局に戻ってきたギノは家に帰るまで放心状態だったのだ。そのまま訊く機会を失って今日に至っていた。

あの日以来、ゆずが戻ってくることはなかった。

だからこそ、なにがあったのか、と思う反面、彼がこの公安局に戻って来られない事件が起こったのだろうと大まかな推測を立てていた。
しかし刑事課の忙しさに流されゆくままにその推測を突き詰めることも流れて行ってしまい、やがて佐々山の事件が起こり完全に俺の中では置き去られていた。

そんなゆずが、今、ノナタワーの最上階にいた。

これがどういうことか、もちろんわかっていた。わからないほど阿呆ではなかった。


「ああ……やっぱりチカは来なかったか」


螺旋階段に腰を下ろしたゆずは、俺に聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でぽつりと呟いた。
軽く苦笑した彼は、以前と変わらないように見えた。けれど同時に、俺の目の先にいる人間は、俺の知る波崎ゆずではないと直感した。違うのだ。全く瞳の色が違う。
三年前、ゆずの眼は執行官であるにも関わらず穏やかだった。

――今は、覚悟と諦観の色をはっきりと帯びていた。

彼が何を覚悟し、何に諦観したのかはわからない。
それでも俺はこう思わずにはいられなかった。

――あんた、ギノはどうするんだ。

口をついて出そうになるその言葉を呑み込んだ。
こんなことは、言ったところでどうにもならなかった。彼はそれをも理解した上で、その眼をしているのだとわかりきっているからだった。

「それにしても、コウ、お前は変わらないなあ」

ゆずは感慨深げにそう漏らす。
眩しそうにその青い瞳を細めた。
彼の呼び方が、この仕草が、なぜか俺の大切なもう一つの黄昏色と重なった。
吐く息が白く、俺たちを染めた。

「……変わったよ」

脳裏に浮かぶ彼女を掻き消して、ゆずに応える。
この世界に変わらない人間などいない。
加えて、俺は監視官から執行官へと堕ちた男だ。変わっていないはずはない。
ゆずは静かに「いいや、」と反論を零したが、次の瞬間には俺の言葉に肯定の意を表していた。

「……そうだな。お前自身が言うのなら、そうなんだろう」

そうしてまた、沈静な様子で微笑んだ。
その笑みで気づく。
彼が変わったのは、その瞳だけではなかったことを。
屈託のないその笑みが、消えてしまっていたことを。
静かに、静かに笑う彼を見て、俺は無性に泣きたくなった。


「おしゃべりは――そのくらいにしてもらおうか、狡噛慎也」

カンカン、と靴音を響かせながらゆずの遥か上の方から階段を下りてきたのは、いわずもがな、槙島聖護だった。
ゆずを変えた原因がこいつであるかもしれないという思いが頭の中を過ると、俺は音を立てて激しく湧き上がってくる憎しみと怒りに、視界を染めた。


( ワンコールは君にあげよう )


▼ PP夢ななつめです! アニメ16話の話
  2013/03/02(2013/08/09up,2013/08/13move)
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