白日の落下地点まで
「――え、」

「……だから、キミは本科じゃなく予備学科の生徒だったってことだよ」





その狛枝の言葉に目を見開いたのは日向くんだけではなかった。
マスカットハウスのラウンジにいた七海ちゃんとわたしも例外ではなかった。
突然ラウンジに現れたと思えば、衝撃的な事実を爆弾のように投下されたのだからなおさらだった。

ファイナルデッドルームをクリアした結果に手に入れたファイルに、日向くんの個人情報が載っていたと話す狛枝の態度は、今までとは全く異なる冷淡なもの。

「気分はどうだった? 超高校級のみんなに囲まれて堂々と過ごす日々は? 本当はキミはそんなふうにできる立場でもないのにね? もしかすると本物の予備学科のみんなは、キミのことを仲間だなんて思ってないのかもしれないよ?」

畳みかけるように尋ねられ、ただでさえ『自分が予備学科であった』事実に困惑していた日向くんに反論する余裕なんてあるわけがなく、戸惑うように視線を泳がせた後、彼は耐えるように口を噤んだ。

七海ちゃんは黙って二人のやり取りを見ていた。しかしまた彼女も、その表情を険しくさせていた。わたしはそれを一瞥してから、日向くんに言った。


「狛枝はその『人』を見ていないんだよ。超高校級の才能しか見ていない。少なくともわたしは、人の価値はそんなもので決められるって思わない。……だから、日向くんは気にしないでいいからね。今は、捜査に集中して?」


狛枝のことは嫌いじゃないし、むしろ好きだ。

けれど、お互いの価値観の相違ばかりはどうにもならない。初めからわかっていたことだった。しかしずっと見て見ぬ振りをしてきた。いつか、それがぶつかり合ってしまうことを恐れながら。でもどうしても、今の言葉だけは聞き捨てならなかったのだ。

「……うん、私もそうしてほしいな」

七海ちゃんもわたしの言葉に同意する旨を、日向くんに微笑みかけることで伝える。
日向くんはぎこちない様子で首を縦に動かした。

狛枝はわたしたちを見て、その瞳を細めた。まるで下等動物のやり取りを心底くだらないと感じている、そんな冷たい瞳だった。


「――杏樹さんはさあ、結局ボクと日向クン、どっち側なのかな?」


……けれど。希望信者の狛枝が、日向くんが予備学科であったということを知ったことだけが原因で、ここまで豹変したとは考えられなかった。
きっと、彼の考え方を根本から覆す何かが、ファイナルデッドルームにあったということだ。

ついにわたしにも向けられた冷たい灰色の目。
延々と虚無の続くそれを見ていると、自分も呑みこまれてしまいそうだった。掌に嫌な汗が滲んだ。そらしたい。目を背けたい。
でも、

――でも、どうしても無理だった。

狛枝のどうしようもない狂気に魅せられて、あまつさえ恋をしてしまったこの身では、こんな状態の彼をこのまま放っておくことはできなかった。

好きになってしまったから。ここで目を逸らして逃げてしまえば、とてつもなく楽だろう。だけどそうすれば、わたしは狛枝の気持ちを踏み躙ることになってしまう。


「……わたしは、狛枝の味方だよ」


日向くんと七海ちゃんが大きく目を見開いて息を呑む。


「みんなのことは大好きだし、これからも仲良くしたい。でも、惚れた弱みってやつかな。どうしても、狛枝を一人にできないんだ」

ごめんね、と微笑む。

日向くんは「そんな泣きそうな顔で笑わないでくれ」と表情を歪めた。そんな日向くんの方が泣きそうだよ。変な日向くんだなあと笑みを零す。
ちらりと七海ちゃんを見ると、彼女も拳を強く握りしめて、何かを訴えるようにこちらを見ていた。

「根性の別れでもないのに、大げさだよ」

そうやってもう一度微笑めば、二人はもう何も言わなかった。
対する狛枝は、ただ「やっぱり杏樹さんはみんなとは違うね」と嬉しそうに笑う。その笑みは、以前よりも増してひどく歪んでしまったように見えた。


▼ でも実際は狛枝は夢主と七海ちゃんを助けようとしていたわけなので、そこまでシリアスにならなくてもよかったような……。
  あと、両思いになってからのスパンが短すぎて、一難去ってまた一難すぎる展開にびっくりしました。(いつも言ってますが)急展開ですみません……!
  2013/07/27(2013/08/23up)
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