金糸のあまい琴線
※前の話もそうでしたが話が急展開します


前回の事件の捜査終盤、話しかけてもあまりにも口を利かないわたしに限界をきたした狛枝が、逆に話しかけることをやめてみるという押してダメなら引いてみろ作戦を敢行した結果、失敗。

ざまあと鼻で笑う気分だったが尋常ではないほど落ち込んでいたので、さすがにそろそろかわいそうじゃないかと思い声をかけてみた。
そうしたらなぜか押し倒された。それも見落としがないか再捜査に訪れていたライブハウスの倉庫で。

満足そうに笑う狛枝曰く、ここまでが狛枝の作戦だったそうだ。その嫌に爽やかな笑顔とは対照的に、わたしは顔を引き攣らせた。


「ねえ、杏樹さん、ボクのこと許してくれないかな」
「それが物を頼む側の態度……?」


言葉は優しくとも、わたしを逃がす気はまったくないようだ。証拠に、わたしの身体は狛枝の両足でがっちりホールドされている。腕も頭上に持ち上げられて、狛枝の手によって固定されていた。

「だって、さすがのボクでもずっと無理されるのは辛いんだよ」
「へえ、どれだけ希望に邪険にされてもめげない狛枝が?」

返答はわかっていたが、口の端を上げて敢えてそう尋ねてみる。狛枝は「うん。むしろ希望に――超高校級の素晴らしい才能を持つみんなに足蹴にされるなら大歓迎だね。中でも杏樹さんならもっと大歓迎だ」と微笑む。歪んでる、と言葉にはしないものの、胸の中にぽつりとその四文字を落とす。それに気付いた狛枝が笑みを深くした。

「キミはね、ボクの待ち望む一番最高の希望なんだ。キミがみんなの死を、絶望を乗り越えてこのコロシアイ修学旅行を生き残れば、きっと比類ない素晴らしい希望になるよ」

恍惚の表情を浮かべる狛枝を、理解できない。

「ああ、そんな顔しないでほしいな。ボクみたいな社会の底辺と長々会話してたから疲れちゃったのかな、ごめんね、杏樹さん」


少しだけ悲しそうに笑う狛枝を前に、違う、そうじゃないという否定が真っ先に音になった。彼は驚いた様子でこちらを見た。


「――わたしは、狛枝を理解したい」


自分でも一体何を血迷ったのかと思う。さっきまであれだけ歪んでいると、理解できないと感じていながら、どうしてそんな言葉がでたのか甚だ疑問だ。

それでも、認めたくないけれど、半ば無意識に口をついて出たその言葉だからこそ、本心であるかもしれなかった。

「わたし、わたし、は……」

どこまでも歪んでいることを知っている。それは矯正の仕様がなく、数日前には軟禁だってされていた。それほど歪な人間であることは、出会ったころから察していたけれど、こうして、今も放っておけずに構ってしまうのは、多分いつの間にか――。

一度『その可能性』に気がついてしまえば、原因の感情が膨れ上がり収拾がつかなくなった。言葉が迷子になって、視線がふらふらと彷徨う。

狛枝は、ただ眉を下げて微笑んだ。その笑みは、わたしが今まで見た彼の笑みの中で一番人間らしく、優しいものだった。相手はあの狛枝なのに、その笑みはわたしの胸を締め付けた。
そうして狛枝はそっと腕を解放すると、わたしの長い金髪を掬って、そこにキスを落とした。

「それ以上は言わないで。むしろ、ボクに言わせてほしい」

狛枝はわたしの頬に指先を伸ばし、優しく撫でた。狛枝の瞳は、いつもの考えていることがわからないどこか虚ろなそれじゃなく。人が愛おしい存在を前にしたときにする、ひどく穏やかで柔らかい色をしていた。

わたしは、このあと続くであろう狛枝の言葉を聞くために、口を噤んだ。拒絶できるなら今の内だった。一度聞いてしまったら、もう戻れないことはわかっていた。けれど、その言葉を聞きたいと切望していた。

自分が狛枝に『そんな感情』を抱いていたことが予想外で、まだふわふわとした曖昧なものであることは否定できない。だけど、歪んでしまった人間が人並みに誰かを愛そうとしているなら。わたしは出来得る限り、その不器用な心に応えたかった。

「……杏樹さん。ボクはキミのことが好きだ」





直後、見当たらないわたしたちを探しに来た日向くんによって、倉庫で狛枝に押し倒されている状況を発見され激しく勘違いされたのはお約束だ。

しかし最終的にはその勘違いもあながち間違ってはいないと調子に乗った狛枝が耳打ちしたときの日向くんの動揺っぷりは最高に可愛く、ほんの少し前に思いを通じ合わせた狛枝のことなどすっかり忘れてしまうほどだった。


▼ 話が急展開してすみません……;;
  自分でももうちょっとこのくだりは丁寧に書いた方がよかったなあと思いました(←今更)
  2013/07/26(2013/08/16up)
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