止んでしまった世界に
いくら絶望病が、感染経路不明な病気だとしても、あの一瞬のうちにうつるとは夢にも思っていなかった。
絶望病騒動の翌日、目を覚ますと、体に何かがのしかかったようにかなりの重さを感じた。心なしか体も随分と熱さを増していた気がした。
他人の機微に敏感な七海ちゃんは、部屋から出てきたわたしを見て、心配して声をかけてくれたが、大丈夫と言って笑い返した。
病気の治療法を探すため、第一の島、第二の島、第三の島の至る所を駆けていくうちに、頭の奥にちりちりとした痛みが走り始め、ホテル組への報告が終了した夜にはひどい頭痛と化していた。
モーテルの自室のベッドに横たわり、その激痛を必死に堪える。身体のだるさや熱も相まって、傍から見れば重症患者に間違いない。
しかし夜も深い今更、絶望病かもしれないと申し出るわけにもいかず、とりあえず一晩様子を見てからにしようと判断。
そして、水を飲もうと体を起こした瞬間だった。
がつん
とバッドで思い切り頭を殴られるような強烈な痛みが走り、同時に勢いよく何か膨大な情報が押し込まれる感覚に襲われた。
声にならない悲鳴を上げて頭を抱え、糸を引く痛みと脳内を掻きまわす処理能力が追いつかないほどの情報量の奔流にただひたすら耐えた。
どれくらいそうしていたのかは覚えていない。
*
……ただ、その痛みが幾分か和らいだころには、『すべて』思い出していた。
「――はは、」
思わず乾いた笑みが漏れた。
ああ、自分は『あの』希望ヶ峰学園の生き残りなのだと、人類史上最大最悪の絶望的事件の始まりであった、あのコロシアイ学園生活の生き残りなのだと、理解した。
まだ多量の情報でぐちゃぐちゃな脳内を、なんとか整理して思考を働かせる。
けれどあの事件以降、自分がどうなったのかだけは思い出せなかった。
コロシアイを乗り越えて、生き残ったはずの己が、一体どういう経緯でまた同じようなコロシアイに参加するに至ったのか。
いや、そもそもコロシアイは今回の当初にはなかったのではなかったか。
いくつもの疑問が浮かび、それを以前のコロシアイとゆっくり比較し照らし合わせていく内に、様々な事実や推測が浮かびあがっていった。
その中で一際重要だったのが、モノミ――ウサミは、わたしたちの敵であるとモノクマにより誤認させられていたという事実だった。
その明らかな間違いに、わたしたちは気づかぬまま過ごしていたということだ。
前回のコロシアイを知っている人間ならば、むしろウサミを味方と認識できなければおかしい。おそらくモノクマはそれを忌避してわたしの記憶を消したのだろう。つくづく腹が立つヌイグルミだ。
――となればわたしはこの事実を、絶望病にかかり『思い出す』症状に襲われ、すべてを思い出したという事実を、モノクマに悟られてはならないわけだ。
あのモノクマをも欺くというのは、至難の業である。でもそれしか、今回のコロシアイを打開する手立てはないように思えてならなかった。
以前のコロシアイを知っている。その知識がある。
そのステータスは、それだけで十分なアドバンテージになるだろう。
けど、問題はそれをどうやってみんなに知らせるか、である。
ただ――知らせたところで、わたしのように記憶を消されやしないか。
いや、今わたしたちが過ごしている世界では『なぜか』物理法則や自然法則を無視した『ファンタジー』なことすら起こる、ということから紐解けば、モノクマが超人的な力を用いてできることとできないことを見分けることができるに違いない。
するとおのずと『修学旅行途中で』記憶を消されるか否かがわかってくるはずだ。
しかしこのまま夜更けまで悶々と考えていては、モノクマに悟られる可能性がある。
早く寝て明日以降に備えるのが吉だ、と今度こそ立ちあがって水を飲み、軽くシャワーを浴びて早々に眠りにつくことにした。
必ずモノクマの思惑を打ち砕いて見せると固く誓いながら。
▼ ここで夢主は江ノ島盾子がすでに死亡しているにも関わらず、モノクマが動いていることにもちろん首を傾げましたが、その描写は長くなるので省いています。
そして夢主以外にキャラが出てなくてすみません……;;
2013/07/29(2013/08/09up)
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