きもちわるいことしよう
十神くんがいなくなって、三日目の朝が来た。

昨夜はトワイライトシンドローム殺人事件というゲームが、ジャバウォック公園に設置されてしまった。
せっかくみんな落ち着いてきていたというのに。そんな思いが表情に出ていたのだろう。モノクマはいつものように憎たらしく笑って、「これがオマエラの今回の動機だ」と言い放ったのだった。

再び殺人が起こってしまうと考えると、とても気が塞ぐ。止めることができる可能性は低いだろう。
何せ今回は『ゲーム』である。実際にプレーするのは個人の自由だし、四六時中公園に張り付いているわけにもいかない。おのずと溜息が洩れた。

モノクマの朝を知らせる声がモニターから聞こえる。億劫で上を見ることもできなかった。このままじゃあそのうち動くことも嫌だとか言うようになりそうだなあと、駄目人間になりつつある自らに苦笑した。





とりあえずレストランに向かおうとコテージを出ると、日向くんとばったり出会った。

「おはよう、日向くん」
「ああ、おはよう、波崎」

日向くんも昨日のゲーム機のことが気にかかっているのだろうか、少し表情に翳りが見えた。それでも普段通りに振る舞おうと懸命に努めているところがとても彼らしい。

日向くんから「一緒に行くか?」とのお誘いを受け、ありがたくレストランまで肩を並べて歩く。日向くんの隣はとても穏やかな気持ちになるから好きだ。特に、この予断を許さない日常では貴重な一瞬である。

レストランへ入ると、そこには真昼ちゃんしかいなかった。みんな早めに朝食を済ませたのだろうかと首を傾げる。

「あ、二人とも」

ばっちり目が合うと、なにやら朝食らしきものの乗ったトレーを持つ真昼ちゃんは、そう声を上げた。わたしたちが挨拶をしながら近付くと、彼女も微笑んで挨拶を返してくれた。

「それ、狛枝の朝食?」

なんとなく察して尋ねると、真昼ちゃんはそうなの、と手持無沙汰な顔をした。
どうやら世話焼きな彼女の性格が幸いして、ホテル旧館で事実上拘束されている狛枝の朝食を運ぶのを頼まれてしまったらしい。
……よし、弐大くんは無理だからあとで左右田シメる。

「アタシちょっと野暮用があるからさ、これ頼んでもいいかな?」

狛枝に会いたくないという気持ちは大いに理解できるので、二つ返事で了承した。「いいよね?」と傍らの日向くんに同意を求めてみる。
やはり彼も微妙な顔つきをしたが、刹那の逡巡の後に頷いた。『日本人は頼まれればノーとは言えない』を体現してくれた日向くんだった。

僅かに真昼ちゃんの様子に引っ掛からないでもなかったけれど、まあ昨夜あんなことがあったわけだから納得もできたし、このときはさほど気に留めなかった。それがまさか次に起こる殺人事件への布石だったなんて、そんな考えも及ばなかった。


真昼ちゃんからトレーを受け取ると、日向くんが「俺が持つよ」とかってでてくれた。なんという紳士。
軽く感動しつつレストランを出たら出たで旧館前におあつらえ向きに左右田がいたので、一発アッパーを見舞って宣言通りシメておいた。
日向くんに多少引かれたような気がしたけど気にしない。え?戦える女の子って魅力ない?

――そんなこんなで大広間に向かう途中。つとトレーを持った日向くんは口を開いた。

「……なあ、波崎は気まずいとか、そんなふうに思わないのか?」

おそらくもなにもなく、それは確実に『狛枝と会っても』ということだ。うーん、と唸って考えてみる。

「確かに、あまり関わりたくないとは思うよ。……けど、放ってもおけないんだよね」

日向くんはそれを聞いて難しい顔をした。なんとか理解しようとしてくれているようだ。「日向くんは優しいね」とわたしが笑うと、彼は「それはこっちの台詞だろ?」と首を傾げていた。

ううん、違うよ日向くん。
わたしは心の中で呟く。
『はじめから自然と放っておけない』と思う人と、『正直放っておきたいけど放っておけない』と思う人は、全然違うんだよ。


大広間の扉を開けると、そのだだっ広い空間のど真ん中に深緑の塊がいた。
足はロープ、両手は体の後ろで鎖によって繋がれている。
あの二人もここまでしなくていいのにと辟易した。
希望のためには何でもできるし、されても構わないというM気質が備わっている以上、狛枝にこんなことをしたって全く意味がないことはわかりきっているからだ。

狛枝はその虚ろな瞳でわたしたちを見るや否や「やあ、日向クン、杏樹さん」と幾分かいつもの鬱陶しい調子が半減した声音で言う。
それでもその言葉尻には超高校級マニアの異端っぷりは大いに漂っていた。

日向くんは狛枝の相変わらずの独特の雰囲気に気圧されているようだったけれど、色々と慣れているわたしは、そこまで圧倒されるわけでもなかった。

「おはよ、狛枝。というわけで朝食持ってきたよ」

当社比三割増しくらいにぶっきらぼうな口調になったが、狛枝相手だし仕方ない。日向くんを促して、トレーを狛枝の前に置く。狛枝は不服そうな顔をした。

「ええ……。杏樹さんが食べさせてくれるんじゃないの? もしくは日向クンとか」

「ッ、冗談もいい加減に……!」

纏っていた緊張が爆発するように声を荒げそうになる日向くんを諫めて、わたしは彼に先にここを出るように勧めた。

狛枝の相手をしていては、単純に日向くんが可哀そうだ、とこの瞬間に思い直したからだった。
それに、おそらくこの閉鎖された島を出る鍵は、日向くんにある。だからこそ彼には、狛枝なんかに油を売っているよりも、他のみんなとの交流を深めてできることならコロシアイを防いでほしいという思いもあった。

日向くんは「そうだな……悪いが今は冷静にお前と話せそうにない。……ごめん波崎、狛枝は任せるよ」と狛枝に硬い表情を向けつつも、申し訳なさそうに広間を出て行った。


「まあボクみたいなゴミクズなんて相手にする価値もないよね」

狛枝は日向くんを見送りふふふと怪しげに笑う。そのあとで灰色の瞳を緩慢な動作でこちらに向けた。

「ところで今、わりとボクのお腹の具合が極限なんだよ。ゴミクズのボクがこんなことを頼むのもおこがましいとは思うけど、杏樹さん、一生のお願いだから……」

要するに食べさせろということらしい。このまま餓死してしまえと思わないわけがなかったが、そうなると狛枝に食事を与えなかったわたしがクロになってしまう。そんなのは真っ平ごめんだった。

「……わかった」

狛枝はその言葉を聞いて、ぱああと表情を輝かせた。そんな顔されても全くときめかないんですけども。
本日二度目の溜息をつき、狛枝の前にしゃがみ込んだ。お箸とスプーンがあったけれど、食べさせるにはスプーンの方が都合がいいと判断。渋々ながらもスプーンでご飯を掬った瞬間。


「……ちょっと前から見えてたんだけど、杏樹さんってパンツ水玉なんだね」


ここで狛枝の朝食を蹴り飛ばさず、スプーンを変形させただけで済ませたわたしを褒めてほしい。
友達を遊びに誘うまさに軽いノリでわたしの地雷を踏み、その上普段のように爽やかに微笑む狛枝がひどく憎たらしい。
デリカシーというものがないのかこいつは……!

怒りを通り越して呆れすら覚えた朝であった。


▼ いや狛枝は元からそういう奴だったと直後に気づく夢主ちゃん。
  2013/07/26(2013/08/01up)
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