イイハナシダッタノニナー
――どうやらわたしが一番早く目覚めてしまったらしい。

カプセルを押し上げると、見慣れた未来機関ジャバウォック支部の内装が目に入る。
最後にこの景色を見たのは約三週間前のことになる。懐かしいなあ、と少しだけ余韻に浸っていると、この広い部屋の入り口からこちらへ駆けてくる苗木くんたちの姿が。

「おっ、おかえりなさい、波崎さんっ!」

走りながら真っ先にそう声を張り上げる苗木くんは相変わらず天使で、

「もう、そんなに慌てなくても杏樹は逃げないわよ。――おかえりなさい、杏樹」

クールに歩いてくる霧切さんも相変わらずで、

「全くここまで危なっかしいと世話を見てやるこっちの気にもなってほしいものだな。……ひとまずおかえり、と言っておこうか、波崎」

わかりにくいデレを見せる十神くんも相変わらずで。

ああ、わたし、帰ってきたんだなあ。
何かが胸の奥から込み上げて来て、鼻がツン、とする。視界が少しずつ滲み出す。
感極まるって、こういうことを言うのかな。

「うん! ただいま、三人とも!」





約三週間の寝たきり状態からの復活は、正直体が重くなかなか言う事を利かないと思っていたけれど、実際目覚めてみればまだまだ自分がやらなきゃいけないことも山積みだということを改めて自覚したせいか、ほとんど身体のだるさを感じなかった。

カプセルから出て尋ねてみると葉隠くんと腐川ちゃんと朝比奈ちゃんは、性格上の問題もあるし、生還組を混乱させないために、彼ら全員が目覚め、落ち着いてからやってくるらしかった。まああのメンバーだと妥当な判断かもしれない。

ふむふむと納得するわたしに「みんなが目覚めたら自己紹介もしなきゃね」と笑う苗木くんはただの天使だった。ただの天使だった(大事なことなので二回)。

けれどそこでふと、わたしの隣のカプセルで眠っている不穏分子の存在を思い出した。それを言葉に出そうとした瞬間、当のカプセルを目にしたらしく「あ、」と声を上げた。

「……狛枝くん、瞼が動いてる」

その瞬間わたしはさっと霧切さんを見た。彼女も気づいたらしく、こちらに目を合わせ真剣な表情で頷いたあと、短距離走者顔負けの速さで飛んできて、苗木くんを入り口近くまで退避させた。その一部始終を見ていた十神くんの表情は、呆れて物も言えないと物語っていた。

カプセルを開けて、狛枝の様子をまじまじと確認する。
普段は変態発言ばっかりだけど、本当は結構整った顔立ちなんだよなあ、と一度口元を緩めれば、どうしてか狛枝との思い出ばかりが雪崩のように押し寄せる。

砂浜での出会いのこととか、理想の希望だと興奮されたこととか、ホテル旧館に朝食を運んで下着を盗み見た狛枝に怒ったこととか、狛枝が絶望病にかかったこととか、両想いだとわかったライブハウスの倉庫でのこととか、デッドルームをクリアして豹変してもわたしはそんな狛枝を放っておけなかったこととか、狛枝の計画を知って彼の信念も知って、それでも死んでほしくなくて、狛枝を必死で説得したこととか、卒業試験の捜査中に独りじゃないよと言って手を握ってくれたこととか、最後の裁判でわたしの言葉にちゃんと応えてくれたこととか、ほかにもたくさん、

「……早く起きてよバカ枝」

ぽつりと呟く。
狛枝はわたしに対して何も言わない代わりに、その瞳をぎゅっと強く閉じて、そして――

その灰色の双眸が、ゆっくりと顔を見せた。
わたしはほんの一瞬、息を呑む。しかしそれを悟られないように微笑んだ。

「――おはよう、狛枝」

狛枝はこちらを見て、この空間の眩しさに対してだろうか、目を細める。
体に障らないように優しく抱き起こすと、狛枝が「情けないなあ」と独りごちた。そんな狛枝がおかしくてくすくす笑うと、口を尖らせて「ボクと同じように眠ってたはずなのに、どうしてキミはすぐに動けてるのさ」と言われ、わたしは「年功ってやつかな」と微笑んで返す。
それから言葉にするのも恥ずかしい、比喩的なプロポーズにも思えるやりとりを交わした。
またこうやって狛枝と話ができる嬉しさを噛み締めて、自分はなんて幸せなんだろうかとつくづく感じる。

会話がひと段落したところでほかのみんなの元へ行こうとするわたしを、狛枝が再び引きとめた。

「……ねえ、あそこにいる人たちって、卒業裁判に来てた……」

その疑問を察して「うん、そうだよ。あとで改めて自己紹介はするけど、」と答える最中、だんだんと輝いていく狛枝の瞳に、わたしの中の嫌な予感がじわじわ大きくなっていき――

「じゃあ、彼も、本物なんだね」

――うっとりとした視線を他でもないただ一人に向ける狛枝を目にした途端確信して、すぐにその体を押さえつけて止めようとした。が、わたしの行動など予測済みだと言わんばかりに、するりとカプセルを抜け出し、とんでもないスピードで超高校級の幸運もとい希望である苗木誠に突進していった。

「な・え・ぎ・くーん!!(はぁと)」

その速度たるや、あの霧切さんが対応できなかったほど。そして(いつも変態ではあるが特に)変態がかったこのときの狛枝の表情は、おそらく苗木くんの永遠のトラウマになるだろう、とわたしは彼に向かって合掌した。


▼ 阻止することができなくてごめんね苗木くん……。と夢主は切実に申し訳なく思っています。また日向は目覚めてカプセルを押し上げた瞬間にこの光景を目撃しました(笑)
  2013/08/08(2014/07/13up)
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