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七海ちゃんがいなくなった、その喪失感に鞭を打って、これから行われる卒業試験のためモノクマ曰くの『希望ヶ峰学園』内を、狛枝と一緒に散策している最中。

1-Bの教室で、巨大な黒い物体が浮いているのを発見した。

なんだろうとしばらく見つめていると、長方形のそれがぐるんと回転して、ぼうっと赤い人型が浮かび上がる。
それは一見少女のようだったけど、わたしは直感でそうではないと覚った。同時に、先程図書室で見た苗木誠という人物へのメールも相まって、この意味を理解し顔から血の気が引いた。





いつかのように頭部を殴られるような痛みが襲ったわけではない。

ただ頭の奥から、すうっと染み出てくるようにその記憶たちが呼び起こされたのだった。

隣で狛枝が、顔色の悪くなったわたしを心配そうに見つめているのにも気づかずに、わたしはぽつりと、目の前の大きな物体の名前を呼んだ。


「アルター、エゴ……」


半ば呆然としたわたしに、彼女――彼は、ふわりと笑った。


『久しぶりだね、杏樹ちゃん』


おかしいおかしいと、今までずっと感じてはいたのだ。

希望ヶ峰学園での生活の記憶は『元々』覚えており、モノクマが封じ込めていた一度目のコロシアイ学園生活の記憶は、絶望病のおかげで思い出すことができた。しかし、その一度目のコロシアイ以降の記憶がどうしても思い出せなかった。

七海ちゃんとウサミはこの際除外しておくとして、ほかのみんなと失った記憶の部分が全く違っていることに、ずっと首を捻っていた。


「……わたし、未来機関の人間だったんだね」


これで、本当の意味で全てを思い出した。
これで、わたしの記憶が変なところで抜けていた理由がわかった。

アルターエゴがわたしを見つめて頷いた。

「えっ、ちょっと待ってよ、それじゃあ、杏樹さんも……!」

焦ったように声を上げる狛枝に、わたしは微笑む。

「プレイヤーのいる『裏切り者』だったってことだよ。わたしはみんなより少し年上だけど、できるだけまっさらな状態で接することと、万一のときに、目をつけられずに最後まで生き残ること。その二つのために、わざと未来機関所属だったっていう記憶を消したらしいね」

「ら、らしいね、って杏樹さん……」

狛枝が珍しく戸惑った表情を浮かべ、視線を彷徨わせた。

「またモノクマが現れて、存在や記憶を消されたりしちゃうんじゃ……! ボクはそんなのいやだよ! 折角出会えたキミがいなくなってしまうなんて……!」

狛枝の必死の訴えに、わたしは「それは多分ないと思うから、大丈夫だよ」と笑った。
アルターエゴも無言で首肯する。

「さすがにこの際(きわ)になって、誰かの存在や記憶を消すってことは、モノクマ的にも自分のプライドが許さないんじゃないかな」


「うぷぷ〜。実はそうなんだよね〜」

まあ現れることは予想してたから、全く驚かなかったけど。

「七海さんやモノミとは違って、波崎さんが未来機関の手先だったってことは、このボクでも今この話を聞くまで確証が持てなかったんだよね〜。でもだからこそ、こっちが不利になるような事実が発覚したからといってすぐに存在を消しちゃうのは、今が終盤だからこそ明らかに雑魚キャラのすることだよ!」

モノクマはいまだ、わたしたちに絶望を突きつける気満々だった。
大きな希望を、絶望に突き落とす。そして、絶望に絶望させる。
それは彼らにとっては至高なのだろう。
でも、そんなことはさせない。

アルターエゴが、狛枝が、モノクマを睨む。

「わたしたちは、必ず未来を切り開いてみせる。みんなが託してくれた未来を無駄になんかしない。あなたたちには絶対に、負けない」

モノクマは「うぷぷ、もちろんそうこなくっちゃ!」と嘲笑するように愉しげに笑い、「じゃ、また卒業試験で!」とあっという間にいなくなった。

『……卒業試験は、廊下の先にある赤い扉の向こうで行われるみたいだね』

アルターエゴが固い表情で言う。

「……うん。これで、最後だ」

顔を強張らせてぽつりと呟くと、ぎゅっと手を握られた。
驚いて狛枝を見上げると、彼はわたしを安心させるように優しく微笑む。

「大丈夫。杏樹さんは一人じゃないよ。このアルターエゴさんだって、日向くんだって、頼りないかもしれないけどボクだって――みんな、一緒だから」

「……ありがと、狛枝」

気恥ずかしくなってそっぽを向くと、くすくすとアルターエゴの笑い声がきこえた。
むっとして誤魔化すように咳払いをする。すると今度は狛枝が吹き出した。
拳を振り上げて殴りかかると「いやいや、だって杏樹さんが可愛いから」とわけのわからないことをのたまった。

少しして心が落ち着いたころ、わたしは狛枝の手を強く握り、教室の扉を開けた。
廊下に出る直前、狛枝と揃って室内を振り返る。

「それじゃあ、行ってくるね」


『――うん。いってらっしゃい』

アルターエゴは、その可愛らしい笑みでしっかりと応えてくれた。

また、現実世界で会うまで。みんなで未来を手に入れるまで。
ほんの少しの間だけ、さよならだ。


廊下に出て、赤い扉を目指す。
辿り着いて扉を開ければ、真っ白な空間が広がった。
この先に、わたしたちの未来を決める最後の戦いが待っているのだ。
わたしは狛枝と顔を見合わせて頷き合うと、同時にその足を踏み出した。


▼ 同じことを何回も言っているような気がしますが、相変わらず展開早くて申し訳ないです……;;
  2013/07/30(2013/12/02up)
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