夜の魔法がほどけるまでには迎えに来てね
この島で最後になるであろう朝を迎えた。

誰も死なない四日間を終えたその朝は、今まででもっとも清々しいはじまりに思えた。
約二十日間の生活の中で、毎朝レストランへ行くことは、ほぼ習慣と化している。今日も今日とて、それが変わるわけもなく、身だしなみを整えてから部屋を出た。

外のほどよく冷えた空気を吸う。
そして、この十七のコテージを見渡した。
半分強の人数が、このコテージを去っていった。それを改めて自覚して、言いようのない空しさを覚えた。
いくらこの世界が現実ではなくとも、バーチャルがリアルに影響するというのは有名な話で。だからこそ、いなくなった彼らも例外ではないと思ったからだった。

もっと早く、自分がこの世界の事実に気づいていれば。そうして、話すことができていれば。未来は大きく変わっていたかもしれない。それがわかっている分、なおさら虚無感が増す。


――でも、
とわたしは暗くなる気持ちを振り払うように首を振った。

みんなを失うことになったこの絶望の日々も、もう今日で終わりなのだ。
みんなが託してくれた未来を歩いて行くためにも、沈んでばかりではいられない。
ひとまず、まだ眠っていると思われる七海ちゃんを起こしに行かなければ、と隣のコテージへと足を向ける。
彼女が朝も惰眠を貪っていることは恒例であるから、おそらく今日もそうだ。

コンコン、と扉を叩く。
返事はない。これも、いつものことだ。

「仕方ないなあ」

苦笑しながら再びノック。
これも無反応。まあここまでは予想済みである。

そこで、ダメ元でドアノブを回してみた。


ガチャリ、


「……あれ…?」


おかしいな、と首を傾げる。
七海ちゃんの部屋は、日向くんのところみたいに鍵が壊れてるとは聞いたことがないんだけど……。

嫌な、予感がした。その予感が真実ではないことを確かめるように、ゆっくりと扉を開ける。

きい、と僅かに音が鳴った。


「…………ッ!」


朝の光の差しこむ、明るい室内。
床にはゲームや攻略本が散乱していて、いかにも彼女らしい生活感があった。

――しかしそこには、いるべき人物がいなかった。

至る所に彼女がいた痕跡は残っているのに、このコテージの主、七海千秋の姿だけがまるで抜け落ちたように存在していなかった。





レストランに慌てて駆け込み、すでに揃っていた他の六人に七海ちゃんの行方を訊いた。
しかし六人とも、まだ朝だということもあって、彼女の姿を見ていないと言う。
そして同時に、わたしの抱いた嫌な予感が脳裏をよぎったらしく、朝食も食べずに七海ちゃんの捜索が始まった。

コロシアイのない四日間に、平和ボケしすぎていたのかもしれなかった。
もう二度と、誰も欠けることがないのだと、思い込んでしまっていた。
よく考えてみれば、そんなことはありえなかったのだ。
昨日はモノミがストックの身体も全部破壊されていたというのに、あのモノクマが未来機関の協力者を放置したまま、何も起こらない修学旅行を終えるはずがなかった。

それでも、きっとどこかに七海ちゃんはいるはずだと、手分けして全ての島を捜し回った。

しかしどこにも、七海ちゃんの姿はなかった。

全員が疲れと諦めを滲ませた表情でレストランに再集合したのは、正午ごろのことだった。
「とりあえず、お腹が空いては戦ができないと言いますし、みなさん昼食を食べませんか?」というソニアさんの一言で、全員がのろのろと食事に手をつけ始めた。
そして全員が昼食を終え、さあ七海ちゃん捜索第二ラウンドだ、というときだった。


「うぷぷ〜。無駄な努力ばかり繰り返してるオマエラを見て、さすがにちょっと可哀そうになってきたボクが教えにきてやったよ!」


モノクマの出現が意味することを、この瞬間わたしたちは悟った。
日向くんが一番初めに啖呵を切った。

「モノクマ! お前、七海をどこにやったんだ!!」

モノクマは怪しく笑って、「うぷぷぷぷ。わかってるくせに〜日向クンは認めたくないんだ〜」と左目を赤く光らせる。

「……説明しろよッ! 修学旅行のルールで、お前は生徒には直接干渉できなかったんじゃなかったのか!」

日向くんはわたしたちの誰もが感じた疑問をぶつけてくれた。
今まで引っ掛かっていたことはそこだった。
このルールがあったから、どれだけ疲れても七海ちゃんが見つかると信じていたのだ。だって七海ちゃんは、モノクマの言う『裏切り者』以前に、この修学旅行に参加した『生徒』なのだから。

モノクマは「マッタク面倒くさいなあ」と愚痴りながらも続けて口を開いた。

「ボクもね、あくまでこの立場は『先生』で『監視者』だし、まさか消滅させることができるなんて思ってなかったからさあ、それこそダメでモトモトで『生徒以前に未来機関のプログラムである人物は、純粋な意味では他の生徒を監督する邪魔になるので、その存在を抹消します』ってルールを加えたんだよね。そしたらなんか消えちゃった☆ 多分ね、ボクが思うに、彼女はオマエラが思ってるほど人間味のあるヤツじゃなかったってことだよ。所詮プログラムだったってわけだね」

どこまでも軽い口調でことの終始を話したモノクマに、怒りを覚えることを諦めたのは、一体どのあたりだっただろう。

七海ちゃんはプログラムなんかじゃない。
だって彼女は、ちゃんと生きていた。この仮想世界で、わたしたちと一緒に生きていた。
みんなと同じように笑ったり、悔しがったり、そんな表情を見せてくれた彼女が、ゲームという上辺だけの存在だったなんて、そんなのが信じられるわけがない。

――でもそう声を上げて否定できない自分が、ひどく悔しかった。

だって、わたしたちが未来機関の『裏切り者』であると見破った時、七海ちゃんはこう言ったのだ。
「ごめんね。私も、ちゃんと言いたかったんだよ。……でも、そういうふうに『できてない』から」
そうして、悲しそうに笑ったのだ。

その言葉が、表情が、わたしの思いを縛り上げて、後悔の気持ちばかりを膨れ上がらせる。

あなたはプログラムなんかじゃない。この島で一緒に生きる仲間なのだと、それを彼女に伝えていれば。
一度だけじゃどうにもならない。何度でも、彼女の――それこそ彼女のプログラムの根幹が理解するまで、伝えていれば。

悔やんでいるだけでは何も変わらないとわかっていた。それでも、悔やまずにはいられない。

わたしたちでは、彼女のすべてを、変えることができなかった。
だから、彼女は消えてしまった。

「あらら〜暗い雰囲気になっちゃったね〜。でもま、そゆことで〜!」

無言で奥歯をかみ締めるわたしたちに対し、モノクマはやはり特有の軽薄なノリのまま、一瞬のうちに姿を消した。
わたしたちに残されたのは、どうしようもないほど大きな虚無感だけだった。


▼ だいぶ無理やり展開ですが;;
  タイトルは『七海ちゃんは消えてしまったけれど、それは本当の別れじゃなくて、また会える日が来る』という意味を込めて。
  2013/07/30(2013/11/02up)
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