其の黒髪ぞうるわしき 「……リヴァイの髪の毛」「ぁあ?」 調査兵団本部に宛がわれた執務用ではない兵士長の部屋、つまりはリヴァイの部屋。 まだ真昼のことだった。 晴天の下、掃除日和であったためリヴァイはアンジュを掃除に付きあわせていた。 今はその休憩中である。 掃除用具を床に置き、寝台に並んで腰を下ろした。なんとなくリヴァイの頭に手を伸ばして呟くと、ただでさえ掃除中で衣服が汚いのにも関わらず(シーツと布団は洗いに出しているとはいえ)、寝台に無理やり座らされたリヴァイは、泣く子も黙る般若のような面構えで低い声を発した。 「剛毛……、ではない、かな……?」 そんなリヴァイに気づかないふりをして、彼の髪の毛を弄(まさぐ)りながら、猫毛か剛毛か判断の微妙な髪の毛に、少しだけ眉間に皺をつくるアンジュ。 全く眉間に皺をつくりたいのはこっちの話だ、と事実眉間に相当深い皺を刻んで、至近距離のアンジュを眺めているリヴァイは、多少の怒りと共に内心ため息をついた。 * 自らの沸点は低いと自覚している人類最強ではあるが、恋人の奇行には慣れきっているため、その苛立ちが冷めるのもかなり早い。 くすみ一つない真っ青な瞳は、屈託のない純粋な子どものような色をしていた。 リヴァイはその瞳から逃れるように、僅かに視線をずらす。 「……触ってて面白いか」 他人の髪の毛を触っていて興味深いか、など自分でもおかしな質問をしたという自覚はあったが、もう出てしまった言葉だ。取り返しのつきようがない。 言葉を投げかけられたアンジュは、一瞬きょとんとその丸い瞳を瞬かせた。 「んー、……普通?」 「普通……」 アンジュの言葉をなんとなく鸚鵡返しに呟いて、彼女を見やると、その澄んだ目とかち合った。 青い瞳は、頭上に広がる空すらも適わない、より深く美しい海を映しているようにリヴァイは思った。 少なくとも彼はそれを信じて疑わなかった。彼女に出会っていなければ、自分はきっとこの壁の中での生活に安住したまま、まるで操り人形か機械のように巨人を殺し続けていただろう。 ――彼女に出会って、初めて外へ出たいと切望した。 なにより、彼女のその瞳と同じ色をした、『海』というものを見てみたいと渇望した。 「でもわたしは、リヴァイの髪好きだよ」 その言葉でリヴァイは現実に引き戻される。 アンジュは明るく笑っていた。 髪の毛の触り心地が『普通』であるにも関わらず、そんな髪の毛が『好き』とは、アンジュの脳内で一体どんな理論展開が成されたのだろう。リヴァイは激しく気になったが、しかし時折常人とはかけ離れた、つまりぶっとんだ思考をするアンジュのことなので、理解できるはずもないと早々に諦めた。 もう十分休んだことだし、掃除を再開しようと腰を上げる。 アンジュは「え、休憩少なくない?」と愚痴を垂らしたが、それは言うまでもなくリヴァイが無言の圧力で黙らせた。 ( 其の黒髪ぞうるわしき ) ▼ 気持ちリヴァイさん視点。このシリーズにしては珍しくほのぼの(←これが大体本来のノリ)。 2013/04/30(2013/05/26up) ←back |