senyu→戦士と勇者と魔王と旅人 | ナノ
10 心臓
魔界のどこかにある洞窟が、伝説の勇者アルバの現在の住まいである。

初代魔王を倒し、世界を救ったのはいいものの、王様の理不尽な一言で魔界の牢屋入り。そもそも、アルバは強力な魔力のせいで人間界でも牢屋の中で過ごしていたわけだし、大差ないとは思わないでもない。
それは本当の意味で王様にアルバの偉業を認めてもらえていないことを意味するため、もちろんアンジュにとっては相当不本意なことであった。

しかしアルバ自身そこまで思いつめているわけでもなさそうだし、ロスやルキをはじめとする仲間たちだけがわかってくれていればそれでいいかと、今では気楽に考えている。


ロスのように家庭教師になることはできないが、魔界に移って極端に人との関わりが少なくなったアルバに、今日も今日とて会話の相手として会いに来ていた。
さすがのアルバでも、何時間も一人魔界の洞窟にいるというのは堪えると思うので、かなり頻繁に訪れているつもりだ。

けれど今日ばかりはいつもと違うことが起きた。

「あーッ!!」

格子越しにアルバと話をしていると、背後から大きな子どもの声が聞こえた。

「伝説の勇者アルバと、あの金髪の人は……!」

どこか懐かしさを覚える賑わしさに振り返る。少し離れたところに、五人の少年少女とスーツ姿の伊達眼鏡をかけたフォイフォイ、そしてツヴァイがいた。

「もっ、もしかしてエリダヌスの心臓、アンジュさんですか?!」

ロスを連想させる黒髪赤目の少年が目の前まで駆けてきて、息を切らせて声を上げる。
そのきらきらした瞳に、アンジュは思わずたじろぐ。憧れといった類の目は、自分ではなくアルバに向けられるものだと思っていたから、予想外だった。それと同時に、羨望の眼差しを受ける側の人間になったのだとしみじみと感じ、素直に嬉しさも込み上げた。

牢屋の中でぼそりと、「なんでアンジュだけさん付けなんだよ……」と呟き落ち込むアルバは、相手にしていると収拾がつかなくなるので置いておくことにする。

「うん、そうだよ。君は……勇者学校の生徒かな?」

フォイフォイが共にいるので、半ば確信しつつそう微笑んで尋ねると、ロスそっくりの少年は予想通りぶんぶんと首を縦に振った。名前はレイクというらしい。

「あっ! レイクだけ先にずるい!」

ツヴァイから牢屋に幽閉されたアルバの説明を先に受けていた他の四人の子どもたちが慌ててこちらに駆けてくる。アンジュは苦笑しながら、勢い余って飛び込んできた彼らを受け止める。

「アンジュは人気者だなあ」

目を丸くさせて間抜け面をしているアルバに向かって「いやいや、アルバもでしょ」と笑う。彼は「そうかな」と照れたようで頭を掻いた。そうこうするうちにも、自分を見つめる眼差しに含まれた期待と羨望は大きくなるばかりで。
どうにか助けてくれないかとフォイフォイとツヴァイの方を見やるが、面倒くさそうだからあとよろしくと言わんばかりに幾分か離れたところに退避していた。少しばかり怒りを覚えないでもなかったが、子どもたちの手前怒るわけにもいかない。それに、こういう純粋な憧れを向けられるのは嫌いではないのだ。

アンジュが仕方がないと口元を綻ばせ、溜息をつき視線を落とす。いくつもの眩しい瞳にかち合った瞬間、競って自己紹介を始める子どもたちの元気な声が一斉に上がった。


▼ 夢主の二つ名「エリダヌスの心臓」は「エリダヌス座」の橙色の星に由来します。二つ名を考える際、色々と調べてみたのですが、これが一番しっくりきたので採用しました。本来「エリダヌス」というのは川の名前です。なので、川に心臓は存在しません。けれどそれは戦勇の世界の誰かさんが、夢主の二つ名を言いだした際に「エリダヌス」を人の名前だと勘違いしていたことが関係します。ちなみに夢主をはじめとするわかる人にはそれがわかってしまう恥ずかしい二つ名なので、本人はあまり口外しません。二つ名は、言葉のあやだと思うことにしているようです←
  2013/07/14(2014/03/10up)
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