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「千鶴。俺は君が思ってるほど強い人間じゃないんだよ」

屯所の縁側に座っている隣の彼は苦笑しながら言った。

新選組監察方兼副長補佐をしているゆずさんは、私の憧れの人だ。
原田さんや永倉さんほど男らしくもないし、かと云って斎藤さんみたいに無口でも土方さんみたいに厳格でもない。山南さんほど頭脳派でもないし、平助くんほど明るくないけど、沖田さんみたいに危なっかしい人でもない。そんな不思議な人だ。面倒見がよく、人あたりがいいので、隊士たちから絶大な信頼を受けている一人。

ある春の日。舞っている屯所の桜を背景に、言いながらゆずさんは照れ臭そうに頬を掻いた。

「そう、ですか?」

確かに強い人なんてのはいないのかもしれない。
けど、私の知る限りゆずさんは精神的にも肉体的にもすごく強かった。
意志があって芯がある。一見、欠点がないような人なんだ。なのに、

「そうなんだよねえ、実は」

ゆずさんは儚げに花びらを散らす桜の木を眺めて、けれどそれを通して別の何かを見ているような――遠い目を向けていた。哀愁漂うその姿はとても様になっていて、赤面しそうになったので私は顔を逸らした。

“でも……どうしてゆずさんはこんな表情をするんだろう……”

「俺はね、本当に強くない。任務に失敗して隊士を死なせたことだってあるし、ちょっとのことで決意が鈍ったりする。――普通の、人間なんだよ」
多分千鶴もそのうち解るだろうなあ。

そんなふうに独りごちて、彼は薄い笑みを浮かべた。
この手を掴んでいないとすぐにどこかへ消えてしまいそうな、そういう気がした。
けれど、そうするのは私の役目じゃないもの。
その事実は少し悲しいけれど、でも同時に嬉しくもあった。
ゆずさんの弱音の捌け口になる人がいるってことは、それだけで彼が安らぐということで。――つまりそれは、やっぱりゆずさんも私たちと同じだということなんだろう。


私たちはそろって桜に目を向けた。

ひらひらと舞い散り、舞い上がり、舞い落ちる桃色の花弁は事実、儚いものだ。
けれどそれと同様に、何百年も生き毎年美しい花を咲かせる姿は、稀にみる力強さを秘めていた。きっとそれは私たちなのだと、私は思う。

花が咲き、散るのは早い。
私たち人はその人生が、とても短い。
これらはみんな同じ。
だからこそ、綺麗にあろうとするし、精一杯生きようと努力する。
それこそが、美しいと言われるのだろう。それこそが、生き様というものなのだろう。

私はゆずさんと桜の木々を通して、そんなことを考えていた。

そうして出てきた自分自身の気持ちは、ものすごくシンプルで、苦笑しそうになるほどだった。
無力な私には、ここにいる価値も理由もなかった。それなのに私の居場所を作ってくれたのがゆずさんや土方さん、近藤さんや平助くんたちで。嬉しかったけど、どうしようもなく申し訳ないと思っていた。でも、そうじゃない。そうじゃないんだと――今までの日々を過ごしてきて感じた。

深読みのしすぎなのかもしれない。
けどゆずさんは、雰囲気だけで私を慰めてくれたような気がする。

「強いと思われている俺だって失敗したりするし、完璧で強い人間じゃない。それと反対に、力がないように見える人でも見えない力を持っていたりするのさ」

『だから――君は無力じゃないんだよ』って。

それこそ、自己満足や自惚れなんだろうけど。
気のせいでも、いいかな。


私たちを優しく包み込むような風が吹き抜けた。

「千鶴はほんとにいい子だなあ」

そしてゆずさんは全く憂いのない、微笑を浮かべ、私の頭を撫でた。
武道に励む、男の人の手のひらだった。でも、あまりごつごつしていない優しい手のひらだった。お兄さんがいたらこんな感じなのかな、と思う。

「あ、ありがとうございます」

私は彼の言葉に少し照れて、俯いた。
そんな私を見て、ゆずさんが可笑しそうにくくっと笑みを漏らした丁度そのとき。

「おーい! 飯だよ二人とも!」

私たちを呼ぶ、平助くんの大きな声が聞こえた。

「おう! わかった!」
「今行きます!」

それぞれ返事をしてから、ゆずさんが腰を上げる。

「それじゃあ行こうか」

先程の風のように包み込むような微笑みをのせて差しのべられた手を、私は掴み、立ち上がった。


――そのときふわりと、青い空へ、


( 桜の花びらが舞いあがった。 )


▼ もうこれを書いたのも去年ということで、早いものだなあと思います。
  桜の季節。男主と千鶴のお話でした。
  2010/05/04(2011/10/14up,2012/12/27move)
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