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antique gold
※お手数をおかけしますが、必ず一度こちらの夢主設定に目を通してからお読みください
※またこのシリーズはBLDですが、この話はBLDではありません。















































地獄、第五審閻魔大王補佐官の直属部下である初灯は、外見は生粋の人間だが実は特殊な一族の出身であり、そういう意味では地獄勤務をしているとても珍しい人物である。同じく鬼灯に次ぐ二人目の補佐官である杏樹も同じような境遇だ。もちろんうっかり獄卒の拷問や地獄の刑事・民事事件に巻き込まれれば、人間ほどではないもののぽっくり死んでしまう可能性もある。しかし二人はそんな地獄にすっかり馴染み、かれこれ300年ほど働き続けている。

閻魔大王補佐官のツートップといえば鬼灯と杏樹のことであるし、あの鬼人スパルタ官吏の超人部下といえば初灯のことである。
彼ら二人はその異名を耳にする度に、知らないうちにとんでもないことになったなあと苦笑するのであった。

「あ、初灯さん。丁度いいところにきました」

初灯が昼前、午前中までに出来上がった書類を鬼灯の元へ持っていこうとしていたときであった。
当の本人と杏樹がなにやら廊下で向かい合って難しい顔をしていると思えば、向こうから声をかけられた。

「今朝うちに届いた拷問器具なんですが、生憎私は今忙しくて届けられそうにありません。代わりに衆合地獄まで届けてきてもらえますか」
一時置き場として、私の部屋にありますので。

一つ返事で了解して、初灯は鬼灯の仕事部屋へ向かう。
通常拷問器具は注文するのは各部署であるが、注文を偽装する場合が稀にあるため、実物を閻魔殿でチェックするようになっている。一々確認するのは億劫であるけれども、清く正しく罰するためにはこのような『面倒くさい』ことは重要なのだ。

仕事部屋に入り、書類を机上に積む。当の拷問器具はとその行方を捜すが、そうするまでもなく机の傍らに置いてあった。ダンボールが二箱である。重いだろうか、と筋力に自信がない初灯は少しだけ不安になる。しかし実際重かったとしても、とにかくどうにかして持って行かなければあとが怖い。上司はあの鬼灯なのだから。
とりあえず持ってみよう、と底から力を加える。持ち上がった。軽くはないが、そこまで重くはない微妙な感覚で、まあこれくらいなら大丈夫かと初灯は衆合地獄へ向かうことにした。





ダンボール二箱はこの部署の『事務方』に届けることにした。そこならば衆合地獄の様々な情報が集まるところであるし、拷問器具の一部も保管されていると聞く。

花街を通り抜けながら、そういえば今日は白澤はいるのだろうかとはたと疑問が浮かび、華やかないくつもの店を見上げてみる。一見するにはどうもいないようだ。けれどいくら天国が暇で女性大好き人間とはいえ、頻繁に花街に来られても困るというのが、初灯の正直な気持ちである。鬼灯まで極めなくてもよいが、仕事の熱心さに関しては彼を見習って欲しいものだ。そんなふうに、ここにはいない上司を思い浮かべ道を歩いていると、

「初灯くん!」

美しいメゾソプラノが耳に飛び込んできた。

「お香さん……?!」

予想が正しければ、その声は己の密かな想い人のものである。初灯は慌てて、微妙な高さのダンボールに隔てられた前方を見ようと、右に首を伸ばす。その拍子に箱を落としそうになるが、「わっ、初灯くん大丈夫なのこれ……」と心底心配している声音の彼女にそれをひょいと持ち上げられた。

「えっ、ちょ、お香さん?! 女性がそんなもの持っちゃだめですよ!!」
そういうのは男の僕に任せてください!

どれだけ筋力がなくとも男のプライドは存在する初灯は、お香に彼女の持った箱を、全力で自分の持つ箱の上に戻すよう目線で訴えたが、お香はただくすくすと笑う。女の獄卒をあまりなめられちゃ困るわとまで言われれば、初灯はますます情けなく、ぐうの音も出ない。これ、事務方に運べばいいのかしらと続けて尋ねてきたお香に、初灯は力なくはいと頷いた。


「――あ、そういえば初灯くんお昼ごはんは食べた? もしよかったら、一緒に食べない?」

ダンボール二箱を事務方に届け終わってから、ふと思い出した様子でお香が初灯に問うた。対する初灯はもちろん断る理由などなく、むしろ願ってもない誘いであった。

「食べます! 荷物持ってくださったお礼ですし、僕におごらせてくださいね」

お香は「そんなの大丈夫よォ」と断ろうとするが、初灯は「このままでは男としていけないんです」と断固として譲らない。しばらく視線をぶつけ合って、最終的に折れたのはお香だった。仕方ないわねと花が毀れるように微笑む。初灯はしばしその目を奪われた。
普段の上品な笑顔も好きだが、やはり稚気のある笑みも好きだ。お香と並んで茶屋へ向けて歩く。それはいつもと変わり栄えしないただの道であるのに、どうしてか平生とは違って素晴らしいもののように思えた。かれこれ想いを寄せて約300年になるが、決まって隣にお香がいると心の内があたたかくなるのである。初灯はどうかこの時間ができるだけ長く続きますようにとそっと、そっと願いを込めた。


( 華と助手 )


▼ 鬼灯リサイクル第二弾。
  2013/06/03(2013/12/22up)
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