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濡羽色
※お手数をおかけしますが、必ず一度こちらの夢主設定に目を通してからお読みください
※また、このシリーズはBLDですので、苦手な方はお戻りください






























初めて彼と出会ったのは、一体いつのことであったか。
遠い昔のことのようにも思えるし、案外最近のことのようにも思えた。





確かあの日は、上司である鬼灯がどうしても手が放せない仕事があるらしく、その代わりに桃源郷へ足を運んだのだった。謂わば、『おつかい』というやつである。

鬼灯はその『おつかい』を初灯に頼む際、とてつもなく申し訳なさそうな顔をした。そんな珍しい上司の気色を見て、初灯が首を傾げると、『貴方は男だから大丈夫だとは思いますが、容姿が整っていますし、念のため言っておきます』と、その桃源郷にいる神獣にくれぐれも警戒するように口を酸っぱくして言われた。
その神獣とやらは一応この『おつかい』の最終目的で、鬼灯の取引相手だというのに、ここまで上司に言わしめるとは、果たしてどんな存在なのだろうと純粋に気になった。

『おつかい』の途中、仕事仲間兼鬼灯の恋人である杏樹に偶然会ったので、そのことを尋ねてみると、彼女は必死の形相で肩に掴み掛かってきた。
『変なことされたらすぐ逃げるのよ!!』それは彼女の平生からは想像できないほどの真剣さで、初灯はただこくこくと首を縦に振ることしかできなかった。


そういうわけで、初灯は桃源郷にある一軒家へやってきたのだった。

天国には――もちろん地獄にもだが――インターホンなんていう便利なものはないので、原始的なノックで来客を告げる。
はーいはーい、と陽気な声がしたと同時に、少しして勢いよく扉が開いた。ら、急に女の子が飛び出してきた。彼女は服をきちんと纏っておらず、吃驚するもみるみるうちに走り抜けたその姿は小さくなっていった。

目を見開いたまま室内に視線をやると、頬に紅葉の花を咲かせた半裸の男がいた。
なんだただの修羅場か、とちょっと訪ねる家を間違えたかなと引き返そうとして、初灯はその男を再び確認した。上司から聞いていた神獣の特徴に似通っていると思ったからであった。
狐のような細い目に、真っ直ぐに切りそろえられた前髪、どこか飄々とした喰えない表情に、中華風の耳飾。

「……あの、もしかして、『白澤』さんですか」

鬼灯や杏樹が言っていたことも、あながち間違いではないのかもしれないと神獣の評価を下方修正しつつ、半ば確信して口を開く。
彼はその細い目を、さらに細めて怪しく笑った。





あれからというもの、なぜだか自分は好かれてしまったらしい。

あれよあれよという間に、気づけば白澤の元でアルバイターとして働くようになっていた。
もちろん本業は地獄での雑務なので、アルバイトは不定期だ。
当初は鬼灯も杏樹もいい顔はしなかったが(特に上司の顔は酷かった。とてつもないキャラ崩壊だと思ったほどである)、初灯が疚しいことをされていないのを知ると、徐々に受け入れるようになったのである。

「……ちょっと白澤さん、離れてください。作業ができません」

後ろからしな垂れかかってくる高貴な神獣様に、少し険のある拒絶をする。とはいっても、鬼灯や杏樹に及ぶくらいSっ気に満ちたものではない。
女たらしでどうしようもない人だが、仕事はちゃんとしているし、見た目に合わず(女性に関わること以外の)私生活はしっかりしているのだ。
だから初灯のお人よしな性格が相まって、どうにも割り切り蔑ろにすることができない。

「……って言ってもただ兎の毛づくろいしてるだけじゃん」

実年齢で言うともう云千歳のお爺さんであるはずなのに、若者ばりの外見と性格のせいでこの言葉も可愛らしく聞こえる。そう思うあたり、自分は大分彼に甘いのだろう。

「兎の毛づくろいは大切ですよ。そのままにしちゃうと塵とかつきますし、抱き心地もよくありません」

そうだけど、と拗ねたような声が耳元を擽る。
ぎゅう、と子供のように抱き着いてくる様は、全く神獣には見えなかった。
初灯は仕方がないと苦笑した。

「あと二匹終わったら、構ってあげますから。それまで我慢していてください」

わかった、の返事とともに、首筋に僅かな痛みが走る。ああ、またやられたと初灯は内心げんなりした。
彼の『そういう』ところは、正直なところあまり好きではない。
それもこれも、神獣様の戯れの一つなのだと思えば簡単なのだが、いかんせん当人は女たらしな白澤である。
その癖がおのずと出てきているのは、良い兆候とは言えない。こういうことは恋慕を抱く者同士がすることなのであって、それ以外の間柄の、それも同性同士がするなど一般常識的におかしいのである。

何度も本人に注意してはいるのだが、一向に直そうとしないこの癖を、最近初灯は諦めつつある。全く慣れというものは怖い。大きな子供の世話をしている気持ちになるのである。

「初灯くーん、あと何分くらいなのー?」

不満げに口を尖らせる気配がする。
10分程度ですと事務的に答えれば、面白くなさげにふーんと返される。
それを聞き流しながら、初灯は手元をせっせと動かした。
地獄の上司も相当個性派だが、天国の上司も負けないくらいだなあとぼんやり感じたのであった。


( 神獣様とアルバイター )


▼ 中編用に書こうとしていたのですが、使い道がなくなってしまったのでこちらにリサイクル。その一つ目です。白澤お相手で進めていきます。
  2013/06/03(2013/10/14up)
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