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wistaria
※ 夢主(デフォルト名):杏樹がHPの親世代にトリップした直後の話です。
※ 軽く説明しておきますと、夢主はポッター夫妻を殺すためやってきた闇の帝王と対峙した瞬間に(理由は長くなるので省きますが)、強制的にHP世界から連れ戻され、当世界に飛ばされたという設定です。
※ 夢主が『世直し』という設定が強く現れています。
※ レイン(♂)とロウェナ(♀)というHPでのオリキャラが名前だけ登場します。





















――このまま、消えてしまった方がマシだったのかもしれない。


そんなふうに思ったことはあるだろうか。
わたしは、ある。何度も何度でも、ある。
それは繰り返したくないことだけど、何度も何回も繰り返さなければいけないことでもあって。

リリーやジェームズを助けられなかった。
リドル――ヴォルデモートと対峙したというのに、あと少しのところで世直し本部に強制送還されて。あのときは本当に、死んでしまおうかとさえ思った。それほどにわたしの心は絶望に支配されていた。

彼ら一家が生きているという保証もなかった。むしろ、死んでいる可能性のほうが遥かに高かった。シリウスだって――アズカバンに誤送されるし、リーマスはまだ狼男でその属性が抜けきってないから表立てないし、セブルスもどうやら彼なりの事情があるらしいし。レインはどっかに行っていないし、ロウェナはただひとり自由に動けたけれど、まだシリウスの件で立ち直ってなかった。そんな状況で何のしがらみもなく行動できたのは、わたしだけだった。それなのに。

後悔ばかりが次から次へと浮かんできて、心の底から溜まって行く。
後付けのように、新たな世界へ世直しとして派遣された今だけど、この思いが枷のように重たく圧し掛かる。苦しく辛い。それはある意味自分自身で科した罰だった。





「杏樹?」

つと、黒い髪の少年が彼女の顔を覗き込む。
まだあどけなさの残る顔立ち。小学六年生の楠本久高だ。
杏樹は、ここは箕作家の書斎だったなと思い出す。

「どうかしたの?」

そんなに苦しそうに眉根を寄せて、とまでは久高は訊かなかったが、まあそこは彼の聡明さが読み取れる。この年齢でそういう心遣いができるところが、久高の長所のひとつだ。

暖炉の火が優しい赤色を帯びて燃える中、書斎の椅子に座った杏樹がなんとなく窓の外に目を向けると、外では雪がしんしんと降っていた。そういえばもう冬だ。ここに来て、こんなに時が経ったのかと唖然とする。
そのあとで再び久高に目を合わせ、

「どうもしてないよ」

と微笑んだ。丁度その時。

「杏樹ッ杏樹ッ!久高もッ!」

元気な勢いのある声が飛んできたかと思うと、書斎の扉がバンっと突然開いた。
鼻を突くような寒い空気がどっと入ってくる。
思わず身震いした杏樹と久高だったが、それをさして気にした様子もない明るい声の主は扉を開けっ放しでずかずかとこっちへ歩いてきた。

それは本を主食とする『時載り』の少女だ。薄紫の瞳、整った顔立ちに白い肌。さらさら揺れる金のブロンドの髪は、今は毛糸のニット帽の中。耳にはもちろん耳当てと手にも兎の刺繍のある手袋を装備して、全身はスキーウェアかと思うほどのジャケットを着ている。だからか。室内外の寒暖の違いがいまいちわからないらしい。彼女の名は箕作リンネと云った。この書斎の持ち主の家の娘でもある。
そんな彼女に、

「リンネさま! お三方が寒がっています。こういうときは扉を閉めなければいけませんよ」

リンネ以上の美貌を持ち、杏樹に負けないほど長い黒髪に黒眼。そして、シスターが着るものに似たシンプルな黒いワンピースを身に纏う女性が叱咤した。
それとともにその女性――ジルベルト・ヘイフィッツ、通称G――は縦に長く古めかしくそして豪勢な扉をたおやかな動作で閉めた。
いつも思うが、彼女、あの恰好で寒くないのだろうか。

一方、『お三方』とは杏樹・久高のほかにもう一人、くしゃくしゃの髪に放浪人を思わせるくたびれた服装の司馬遊佐である。彼は杏樹たちよりも暖炉に近いソファに寝転がって本を読んでいたのだが、先程冷たい外気が入ってきた瞬間「へっくしょい!」とくしゃみをしていた。しかし遊佐はそれでも何食わぬ顔で飄々としていて――そこらへん、妙なプライドがあるようだ。

「わかってるわ! それよりも杏樹ッ久高ッ!」

リンネがGに応えながらも、引き続いて言った。

「外!外に行きましょ!」

全く12歳とは若いものだ。自分とたった2歳しか違わないというのに、リンネの場合常にハイテンションだ。本当にすごい。雪が降るとなれば、そのただでさえ高いテンションがさらに上がるのだから、慣れていない人は「勘弁してくれ」となるのだが。それにはすでに杏樹も慣れている。

「うん、わかったよ」
「……はあ。わかった」

杏樹は苦笑して、久高はため息をついて、椅子から立ち上がった。
久高は先ほどの自分の問いに対しての杏樹の答えが、あからさまに誤魔化していたので気にならないでもなかったが、それはひとまず置いておくことにした。きっと話すべき時が来たら、彼女は話してくれるだろうと思ったからであった。

そして二人はGがハンガーにかけてくれていた冬物の厚い上着を羽織る。
彼女らを見てにっこりと顔をほころばせたリンネは、「さ! 行きましょう!」と意気揚々と拳を上げて扉へ向かい――


――こちら側に突然開いた扉にぶつかった。


「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ! いったいわね! どこの誰よ! ちょっと顔貸しなさいぃッ?!ってルウ!!?」

歓喜と驚愕を両方内包させた表情と声音だった。

「……。そうよ。海保ルウよ。悪かったわね!」

むっとしかめた顔で外にいたのは、『時載り』でもあり杏樹やリンネたちの友人でもあるルウ。
色素の薄い水色がかった髪をしており、『Pale horse』という店を営んでいるヴァイオリンが得意な少女だ。

「ごめんなさいっ! 悪気はなかったの!」

リンネは両手を合わせて謝ると、ルウを室内に招き入れた。
その間に外ではやはり、リンネの弟涅槃と久高の妹凪が雪だるまをつくっている様子が見えた。
ルウは手に袋を持っていた。ブランドもののジャケットをGに預けた彼女は、先刻まで杏樹と久高が座っていた椅子のあるテーブルへ行き、それをその上に置いた。

「何々?!それなんなの?!」

もしかして食べ物かしら!ケーキだったら嬉しいなあという言外のリンネの言葉が解ったような気がした。そしてそれは期待通り、

「……というかスイーツ、かしら。ケーキもあるけど、タルトもあるのよ」

ルウが照れたらしく、ツンをそっぽを向いて答える。
そんな彼女にリンネは、

「うわあっありがとう! ルウ大好きッ!」

大げさに(いやこれがデフォルトだが)驚いて感謝を述べ、ルウに抱きついた。

「ちょっとリンネ!」

そう言って顔を赤くし叫ぶルウも、礼を言われてまんざらではない表情だった。


「それでは、私は紅茶を淹れてきますので。リンネ様は涅槃様と凪様を呼んできてくださいね」

Gが柔らかい微笑を浮かべて言うと「もちろんよ!」とリンネが頷き、電光石火の勢いで外へ飛び出した。
リンネは甘いものに目がないのである。
杏樹と久高は、誰ともなく自然に目が合い、笑った。

「よっこらせっと」

遊佐も掛け声を出してソファから起き上がり、そのとき丁度涅槃と凪を連れたリンネが扉を開けてやってくる。
杏樹・久高の二人とリンネたち三人は、再びハンガーにジャケットをかけ、席に着いた。





――今だけ。せめて、今だけは。
『消えた方がマシ』だったなんて考えないようにしようと思った。
……というより、良い意味で騒がしくて忙しすぎて、今までそんなことを考える暇なんてなかったわけなんだけど。それはそれで寂しく思う。

赦してなんて言わないけど、見逃してくれたらいいなあ。なんて、

今更だけどね。





書斎の中に、紅茶の匂いが漂って、皆の話し声と笑い声が響き渡る。
そんな優しい空間に、今ここに、


( わたしはいる。 )


▼ もう何年も続きを出してくれていませんが、知る人ぞ知る、某靴文庫の『時.載.りリ.ン.ネ!』という作品の夢小説でした! 同一主のHP夢にも目を通してなければわかりにくいかと思いますので、初見の方には申し訳ない作品です……;; それでも、読んでくださった方がいたなら、感謝の言葉を申し上げます!
  2010/5/14(2013/04/21up)
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