まだそれは彼らの運命が引き裂かれていなかった頃の話。 「……クリスマスか。くだらんな」部室にて。 そう言って吐き捨てるように呟いた空目を、杏樹は見逃さなかった。 「それはまたなんでさ空目くん!!」 今、ここに武巳や稜子、亜紀、俊也はいなかった。 聖創学園は単位制である。そのため、授業を自由に組み込むことができる。 ――つまり、彼らには授業があったのである。 そんなとき、杏樹と空目はたまたま授業を入れておらず、 かといってすることもないので部室に来ると鉢合わせた。ということである。 そして話は変わり、時は師走。 誰もが浮き足立つ12月であった。 冬休みにクリスマス、そのうえ大晦日――、気は早いが睦月に入ればお正月である。 そんなイベント盛りだくさんの季節。 その話題をパイプ椅子に座って、例のごとく分厚い本を読んでいる空目に振ると、彼はこれまた予想通りに眉根を寄せた。 「――そもそも、俺は仏教徒だ」 「………さいですか」 いやはや、そう言われてしまえばぐうの音も出ない。 きっぱりと淀みなく淡々と答えられた杏樹は、そういえばこの魔王さまはこういうやつだったと思い出した。 空目の斜め後ろで従者のように控えていたあやめが、くすくすと笑みを零すのが聞こえた。 「……………」 それにさらに空目の眉間の皺が増える。 「で、でもさ、ほら、楽しまないと!! 折角のクリスマスだよ?!」 と、力んでみるが、反面杏樹は心の中で無駄だとわかっていた。 なにせこの仏頂面は、世間に一欠けらの興味もないのである。 ――ただし、『異界』に関することを除いては。 どれだけ周囲が賑わう時期になったとしても、我が道を行くそのマイペースさは変わることはない。 杏樹は重々承知だが、それでもやはり、楽しんで欲しいと思ってしまう。 それは仕方のないことだろう。 なぜなら、“杏樹が杏樹として空目の隣に在るのだから”。 「……クリスマスというのは、」 空目が足を組み替えた。 「明治から大正にかけて、商売人が利益を得るために広めたものだ。それがこうも世に蔓延るようになったきっかけの一つと言っても過言ではない。実際、今でもクリスマス商戦が激しく繰り広げられている」 「つまり、自然に、純粋に、日本中に広まった行事でもない&キリスト教徒でもないのに、なぜ楽しむ必要がある――と」 相変わらずお堅い考えだ、と杏樹は苦笑する。 空目らしい、といえば空目らしいけれど。 「うん、まあそれでも、参加してみれば楽しいものだよ」 否がおうでも、武巳や稜子が『魔王さまー! 部室にクリスマスツリー飾ろうよ!!』とか『文芸部でクリスマスパーティーやろう!!』とか言い出しそうなものである。 「楽しまないと、さ。なんか、寂しいし」 「俺は寂しくなどない」 何の感情も篭らない声で紡がれる言葉は、本心なのだろう。 わかっている。わかってはいるのだ。 「ああそうですかー。でも、日本中のほとんどの人は仏教徒だけど?」 それなのになぜ、自分はこうも意固地になっているのだろう。 「他人は他人だ」 どうして、そこまで。 「じゃあ、別にいいよね」 そこまで、空目を、 「どこがだ」 「いいよね!!」 「…………はあ、」 もう好きにしろと、疲れたように空目が漏らした。 「勝った………!!」と杏樹は内心、拳を振り上げる。 結局最後はごり押しであった。 ふと窓を見やる。 内側は白く曇り、外はよく見えなかった。 ああもう冬だな、と息をつく。 自分がここに転入してから、約半年が過ぎたのだ。 拍子抜けするほど、平和すぎる日常だった。 このまま、平凡に続けばいいのにと。 そう願う自分がいる。 叶うはずがないというのに。 ――そういえば、部室にはストーブがなかった。 気づいて、ようやく寒さを自覚する。 息がかすかに白く染まっている。 きゅっと身を縮込ませた。 そんなに気温は変わらないだろうけど、廊下、出たくないなあ。 少し離れた位置にいる空目を見る。 その視線は本へと戻っていた。 『異界』に対するときの立ち位置的には、ちゃんと隣にいるはずだった。 それでも、こうしてふとした瞬間に存在する距離に、言いようのない気持ちを覚える。 心の中に、隙間か穴が空いたような。 寂寥感に似た、何か。 手を伸ばして触れたい、と思う。 でもそれは、駄目だと思う。 きっとこの距離感が、丁度いいのだ。 「あ、冷たい」 杏樹は自分で自分の頬を触り、呟いた。 ( 聖なるその日へ、 ) ▼ クリスマス(イブ)なので! なんとなくの流れで書いた、Missingクリスマス夢。 時系列的には空目や杏樹たちが高一のときで、クリスマス当日より少し前の話です。方向性が行方不明。 2011/12/11(2011/12/24up,2012/12/27move) ←back |