short | ナノ

Bye Confession,
※END1のネタバレ注意









































































わたしは以前阿座河村を訪れたことがあり、そのために今回シオリから案内役を頼まれた。
それがあの悲しい事件の幕開けだったなんて、いったい誰が想像できただろう。





かつて阿座河村の資料館を訪ね、管理人である須賀くんに出会ったのはわたしが中学二年のころだった。
高校からの友人であるシオリとはまだ出会っていない時期。

夏休みの自由研究で、田舎の民間伝承を調べようと思い立って、どうせ調べるならあまり知られていないようなマイナーな場所がいいなあと阿座河村に白羽の矢が立ったのだ。

突然訪れた外部の人間に対して、須賀くんたちはもちろん村の人たちはあまりいい表情をしなかったが、そこをなんとかと頼み込むと、最後には中学生の自由研究だし、ということで折れてくれた。それにしても、資料館を訪れた際の初対面の際の須賀くんの開口一番の激烈なメモは記憶に新しい。「何の用ですか。帰って下さい」。
いわゆる部外者であるわたしのような人間が、軽い気持ちでこの地を訪れることが許せなかったのだ。今となってはそう断言できる。とはいえ、何かと勘の鋭かったわたしは、資料を見ていくにあたって薄薄と気付いていた。「ことりおばけ」の実在性とか「おがみさま」ではない須賀くんがこの資料館を守っている理由とか。

どうにか資料館滞在の許可をもぎ取った日の夜は、須賀くんが料理を振る舞ってくれた。
料理をつくっているときの須賀くんは、出会った直後のような鋭く有無を言わせない圧迫感のある雰囲気ではなくて、どこか柔らかくて意外とノリノリの様子だった。そんな彼の姿に笑みが零れたことも懐かしい思い出である。

須賀くんは優しい人だった。ぶっきらぼうで、メモでもほとんど話さない無口な人だけれど、きっと、それで誤解されることも多いのだろうけど。彼は多分、本当に守りたいものを守るためにあんな険呑な空気を纏っているだけだ。周囲を蔑ろにしてまで守りたい何かを持っているのだ。
それがいいことなのか悪いことなのか、そのときのわたしにはわからなかった。でも、時折わたしを見て、別の誰かを重ねる視線を向ける須賀くんの瞳は、恋慕も憧憬も後悔も、ありとあらゆる感情が混ざり合った色をしていて、印象的だった。


「……須賀くんはさ、都会に出たいとか思わないの?」

ある日、資料館一階で資料に目を通しているとき、自室から出てきた須賀くんに、わたしは尋ねた。須賀くんもこの二十一世紀を生きる中学生だ。そう思ったことがないわけがないと感じて、なんとなく問うたものだった。
資料館生活も三日目となったこのころは、初日と比べ幾分かお互いの心の距離も縮まってきており、その証拠に唐突なわたしの問いかけに、須賀くんはきょとんと眼を丸くしてみせるまでに至った。可愛いな、だなんて少し思ってみたりもしたものだ。

『改めて考えてみると、全く思ったことがなかったことにびっくりした』

須賀くんはしばらく考えてからそうメモに記した。
受け取ったわたしもその言葉にびっくりして、それなら、と、とりとめのないわたしの都会生活のあれこれをレクチャーした。須賀くんは小さなことにも驚いたり感心したりしてくれる。そうやって話していると本当に楽しくて、自由研究の資料集めを忘れてしまうくらい夢中になっていた。

彼は守るものに必死で、そんなふうに思いを馳せる暇すらなかったのだろう。このころは、須賀くんが何を守っているのかわからなかったから、ただ少し羨ましいなあと感じていた。ここまで彼に真っ直ぐに思われるなんて。わたしがその「守られているもの」だったらよかったのにな、と羨望を覚えたのは、淡い恋心を彼に抱いていたからか、否か。





その後も文通したり電話で会話したり、わたしは須賀くんとそれなりに親睦を深めていたが、実際に顔を合わせての再会は約五年ぶりだった。

ほとんど表情筋を動かさない須賀くんは、このときも普段とそんなに変わらない佇まいだった。でも、彼に一度でも恋をしてしまっていたわたしにはわかってしまったのだ。シオリを目にした瞬間、僅かに目を見開いて、音のない声を震わせて、どうしようもない懐かしさを隠しきれない彼を見て。そうして、全てを悟った。――ああ、彼女が、シオリが須賀くんの「守っているもの」だった。





村の役人との一悶着のあと、行方不明になった佐久間ちゃんの捜索のため、やむなく「ことりおばけ」の潜む森に足を踏み入れたわたしは、一昨日、そうしてシオリと須賀くんとの過去の約束にまつわる悲しい事件に巻き込まれることになった。

森の中に点在する部屋を調べていてわかったのは、昔の村人たちが残した負の遺産と言っても近しい「ことりおばけ」。彼女がある一人の男の歪んだ愛情で貶められ、狂ってしまった悲しい女性であるということだった。
須賀くんがつくった「ことりおばけ」の絵本では、子どもさらう理由が描かれていなかったけれど、真相を知った時、頭の中のピースがかちりと嵌った。

彼女はただ子どもが愛おしかっただけなのだ。そこには自らを陥れた村人への憎悪も含まれているのかもしれないし、他の子どもたちを殺したという点でひどく利己的なのかもしれない。けれど、この事件を終えた今感じるのは、やはり、その深い愛情のことだけだ。
自分の子どもに会いたい。その願いを叶えた彼女は――きっとどこかで幸せを見つけているだろう。

「……幸せ、かあ」

事件も、その後の聴取も一段落して、シオリとわたしはついに帰ることになった。

朝靄の中、歩いて駅へ向かう道中、笑い合いながら楽しげに前を行くシオリと須賀くんの姿を眺めながら、ぽつりと呟いた。幸いにも、二人は気付く様子もない。

わたしは五年前、須賀くんの「守っているもの」になれたらいいのに、と願ったけれど、やっぱりそれは、わたしにとっても彼にとっても、全然幸せなんかじゃなかった。

人は代わりがない、唯一無二の存在であるから愛おしいのだ。
だから。わたしにとっての幸せは、幸せな二人がいることなのだ。だから、とっても愛おしくて、大好きなのだ。

駅に着く。駅舎の前で、シオリとわたし、そして須賀くんは向い合う。須賀くんは何か言いたげに口を開閉させた。わかってるよ、君が言いたいことくらい。本当、不器用なんだから、と口元を緩めると、須賀くんがわたしの思っていることに気付いたようで、顔を真っ赤にして怒った。でもごめん、全然怖くないよ、むしろ可愛い。そしてなんとその言葉はシオリが代弁してくれた。

「須賀くんかわいー!」

ぱああと瞳を輝かせるシオリを前に、さすがに相手が相手だからか、須賀くんはさらに真っ赤になった顔を手で隠そうと試みた。が、「だめ!」とシオリの一喝でその手を静止せざるをえなくなる。「せっかくの須賀くんの顔が見られなくなるじゃない!」

うわあ落とし文句……。とわたしは半眼で思ったりした。うん。さっきはああ言ったけど、やっぱりリア充爆発しろ!

林檎のように赤い顔のまましどろもどろで視線をあちこちに動かす須賀くんは、戻ったばかりの慣れない声で、小さく「えと、も、もうすぐ電車来るから……」とあからさまに誤魔化す。「あっ、そういえばそうだね」。それはシオリには有効だったらしく、須賀くんはほっと息をつく。しかし続く次の言葉でまた赤面することになるのだった。

「須賀くんと話すのが楽しくて忘れちゃうところだったよ」

花が毀れるように笑うシオリはとても眩しくて、わたしは思わず目を細めた。
ガタン、ゴトン、と電車がやってくる音が遠くから聞こえてきた。

「もうすぐ、お別れだね……。でも連絡するから。また、杏樹と一緒に会いにくるよ!」

シオリは少し悲しげな表情をして別れを告げるが、その直後の彼女の言葉に驚いたのはわたしだった。

「わたしも、会いに来ていいの……?」

シオリと須賀くんの仲を邪魔するようなことになるし、遠慮するつもりでいたのに。わたしがおそるおそる尋ね返すと、シオリは「もちろん!」と笑う。
そして、須賀くんまで「杏樹が来てくれると、嬉しい」と表情を綻ばせる。
もう、ほんと、この二人は……。わたしは苦笑気味に溜息を吐いた。

「わかった。わたしもシオリと一緒に、会いにくるよ」

大きなブレーキ音を立てて、電車がホームに滑り込む。ああ、これでお別れだ。今生の別れではなくても、やっぱり、

「それじゃあ、行くね。ばいばい、須賀くん」
「また今度」

シオリが気丈に笑みを浮かべて手を振り、わたしもそれに倣う。そんなわたしたちを見て、須賀くんが再び何かを言おうとして、躊躇いがちに口を開く。朝の冷たい空気が須賀くんの喉に吸い込まれた。

「ばっ、ばいばい、しぃちゃん! 杏樹!」

それを聞いて、シオリは僅かに瞠目して、次の瞬間「うんっ! ばいばい! またね!」と元気よく頷いた。
須賀くんは照れた顔で、でも嬉しそうに微笑んだ。

わたしたちは駅舎をくぐる。電車に乗り込る直前、もう一度振り返った。須賀くんが、ぎこちなくも優しい笑顔を浮かべて小さく手を振っていた。唇が動く。「ありがとう、杏樹」。え、と思ったときにはもう、電車の出発のベルが鳴り響いていて。慌てて車内に飛び込めば、電車はすぐに動き出してしまう。急いで須賀くんの姿を探したけれど、もう見えなくなっていた。
もしかして見間違いだったのかと焦って、一緒になって飛び乗ったシオリを見やると、「杏樹にありがとうって言ってたよねー、須賀くん」とにこにこ微笑まれる。

「私に隠れたところで何かしてたんだね? 二人だけの秘密ってやつ? 羨ましいぞこのやろ〜!」

そうして、にやにや顔のシオリにうりうりと肘でつつかれる。ますます須賀くんの言葉の真意に悩みそうだったところへシオリのこの発言。
失恋はしてしまったけれど、彼女にそう言われたことで、少しだけ報われた気がした。

――やっぱり、わたしは須賀くんが好きだ。シオリの隣で幸せに笑っている、そんな須賀くんが大好きだ。


( 霧雨はもうあがった )


▼ Lily『BC』を聞きながら。「ことりおばけ」にさよならと、失恋の悲しみにさよなら、という意味を込めて。 2013/12/10(2013/12/22up)
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