short | ナノ

散らばった純情
これと同じシリーズです







「間宮千昭。……よろしく」

とってつけたような、そんなどうでもよさげな挨拶。
高校一年の春。
学年が変わると共に、クラスに転入してきた彼は至極面倒くさそうな顔をして黒板の前に立っていた。

赤にもピンクにも橙にも思える奇抜な髪。
学ランの下に除く真っ赤なシャツ。
人相も少し悪い。
ただしイケメン。

(主に女子が)浮き足立つ教室内に、杏樹は誰にも気づかれないようため息を吐いた。
面食いを否定するわけではない。
むしろ、女心として格好いい男性を好むのはあたりまえなことだ。
だから、そうではなく。
杏樹はただ、これから彼を巡って行われるだろう女子の争奪戦を思い浮かべただけだ。
ああうんざりする。
わたしはごめんだ。

それなのに、運命はなんていたずらをしてくれたのだろう。

「じゃー間宮、お前波崎の後ろな」





かと言って、すぐに運命が襲い掛かるわけではない。
こういうのは後々効いてくるものだ。

朝のHR終了後。

一時限目が始まるまでたった五分しかないというものの、『転校生』に興味津々のクラスメイトたちは彼の席に群がる。
必然的にそれは杏樹の後ろのスペースも占領されるということで。
なんら被害のない一つ前の席に座る親友の功介に愚痴を言えば、「まあしょうがないだろ」と何食わぬ顔で言われた。
他人事だと思って!

背後に立たれるというのは、こっちも気を遣わなくちゃいけないし、その上うるさいしでいいことなんてない。結構、そう、邪魔なんだから……。

面倒事は嫌だと高をくくっていても、杏樹はやはり彼のことを気になっていた。
なぜなら、今どきこうも潔く髪を派手な色に染める人なんて見たことがなかったからだ。

そして、それ以前に『転校』というのは高校生の日常の中でも一大事であるはずなのに、この転校生からは第一印象を良く見られるようにしようなんていう努力が全く感じられなかった。皆無だったからだ。

……とまあ、こういう思いが災いを成したということにしておこう。





「…………」

杏樹の帰り道は公園だ。
否、正しく言えば必ず公園を通らなければならないというわけではないが、森林浴ついでに登下校の際通っているのだ。

それゆえ、今日も。

例え『転校生がやってくる』という一大イベントがあったとしても、習慣的に公園の中を歩いていた。

そんなとき。

比較的出口に近い――つまりは杏樹の家に近い――場所のベンチに、いたのだ。

いたのだ。

例の転校生、間宮千昭が。

しかも、ぼろぼろ。

肌には切り傷擦り傷、打ち身。
今朝は新しげに見えた制服も、見るも無残……とはいかないものの、かなり汚れていたりや破れていたりする部分が目立った。
それらは明らかな喧嘩の跡。

転校初日から何やってるの、と杏樹は半目になった。
こんなことが学校にバレたら、即反省文が謹慎か下手したら停学になってしまうではないか。

「(……でもなにより、)」

一番杏樹が気になったのは。
なぜ、喧嘩をしたのだろう、ということ。

初めて瞳を合わせた朝のHR。
そのときには、確かに不良っぽいとは思ったものの、彼の目は腐ってはいなかった。

――が、ああ、そうだ。思い出した。

腐ってはいなかった。喧嘩ばかりに明け暮れているような凶暴な目はしていなかった。
その代わりに、どこか疲れたような諦めたような。それは面倒くさげな、ということなのかもしれない。
けれどもその中に強い意志を秘めた、とにかくそんな目をしていた。

それが少し、気にかからないでもなかったけれど、どちらにせよ喧嘩三昧な日々を送る者の瞳ではなかったのだ。

だから。

なんで喧嘩したのかなあ。
杏樹は純粋に疑問に感じた。


「……ねえ、」

彼はどうやら、今まで己を見ていた杏樹の存在に気づいていなかったようだった。

少しだけ目を見開いて、しかしピリピリとした緊張感と圧迫感のある空気を纏う。

近づいてくるな。
まるでそう言っているような。

一匹狼。

という言葉がとても似合いそうだ、と杏樹は思った。

「間宮、くんだよね。わたし、あなたと同じクラスの波崎杏樹」

本人確認と自己紹介のあと笑みを浮かべたまま問答無用で彼の隣に腰を下ろす。
すると彼は『なんで座るんだよ』とものすごく嫌そうな表情で訴えてきた。
数十秒の無言の空間。
けれどそ知らぬ顔をしている杏樹に彼は諦めたらしく、

「知ってる。この国で純粋な金髪なんて滅多に見ねえし」

それは暗に、目立つから覚えてたということなのだろう。
だとしてもうれしい、と杏樹は素直に喜んだ。

「……何笑ってんだよ」

変なモノでも見るように、彼は怪訝げに眉根を寄せた。

「ううん、なんでもない」

この髪は日本では彼の言うとおり目立つ。悪い意味でも、良い意味でも、だ。
しかし、染めるということはしたくなかった。
染めてしまえば、イギリス人であった母を否定することになる。

……目の色は。
本当は隠したくなかったけれど、ハーフではなく純外国人に見られやすいということもあり断腸の思いで黒のコンタクトをしている。
本来は青。空のような澄きとおった青の色だ。

ふと見上げれば、夕方の空は遠くがうっすらと橙に染まっていた。
広大な青にかかるグラデーションは、とても美しい。
自分の瞳と同じ色だと思えないくらいに。

「ところでさあ」

杏樹はまるで知己と話すような口調で話かける。
もちろん、彼に殴られたり怒鳴られたりするかもしれない、という覚悟の許で、だ。

「傷だらけだけど、痛くない?」

喧嘩をした理由は気になる。

気になるけれど、聞かなかった。聞かないことにしようと、思った。
自分が先ほど思い出していたように、彼の瞳が理由もなくただ喧嘩をする者のそれではなかったのなら。彼には彼の、訳があるのだろう。
もしそれが、自らが足を踏み入れるべきではない領域だったとしたら。
今度こそ殴られるだろう。

「……別に」

彼は無愛想な顔でそっぽを向く。
その整った顔にも、殴られた痕や何かできられた傷があって。

杏樹は苦笑した。
この態度、全然反省も後悔もしていない。

多分彼は、これからも喧嘩をするのだろう。
喧嘩をするな、とは言わないけれど、喧嘩をしてほしくない。

初対面なのに本当ずうずうしいなあ、と我ながら思った。
はじめは関わるのすら面倒だと思っていたけれど――やっぱり、クラスメイトだからだろうか。しかも、席も前後だし。
……でも、それだけが理由ではない気がした。

「手当てしよう」

ぽつりと呟いた言葉は、己が無意識の内に口に出したそれだった。
自分がそれに驚くより先に、隣から「ハァ?!」という反論の意を唱える声が大きく上がる。

「マジ意味わかんねえ! 傷なんか痛くねえし、ほっとけっつってんだろ! 大きな世話なんだよ!」

苛立ったように舌打ちをしてベンチから立ち上がると、ズボンのポケットに傷だらけの両手を突っ込んですたすたと歩き出そうとする。
腕を掴んで、それをすかさず止めた。

「わたしが! ほっとけないの!」

独り言のように言ったことなのに、なぜ自分はこんなにもむきになっているのだろう。
杏樹自身も不思議がりながら、しかしもうあとには引けない。
次の説得の言葉のため再び口を開く。

そして結果的には、数十分にも渡る口論の末、半ば『転校生』が折れる形で杏樹が勝利し、手当てをする権利を得たのであった。


( それははじまりのお話 )


▼ もう晩夏ですが。肝心の時かけを更新するのを忘れてました;;  個人的に不完全燃焼気味な話ですが、アップしないままなのももったいないなあと思ったのでアップ。2012/08/26(2013/09/15up)
title:食べすぎた
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