桜の如き、 ※新劇Q直後の話※今は夜 ※夢主は『AAAヴンダー』か何かの戦艦の甲板にいます ※冒頭出てくる『彼』はカヲルくんのことです ※夢主設定を先に読まれた方がいいかもしれません わたしはエヴァに乗ることができない。 どうやらエヴァとの親和性が高すぎるせいらしい。 そう聞いたのは、もう十年以上も前の話だった。 そうしてそのときも、わたしは自身の無力さにひどく腹を立てた。自らに憤ったところで、何も変わらないということはわかっていた。それでも、嘆き怒(いか)る以外にこの感情をどうしていいのかわからなかった。 わたしは戦うためにこの世界に生きているはずなのに、戦えないのならどうすればいい? 命をかけに訪れたこの世界で、わたしはどうやって生きていけばいい? それは、生存理由を否定されたに等しくて。 それでも長い年月をかけてなんとか折り合いをつけて、エヴァに乗ること以外で、自分の生きる意味を見出してきた。その、つもりだった。 * 『――春になったら、桜、見に行こう』 『さくら?』 『うん、桜』 サードインパクトで荒廃した大地に、桜なんてものあるわけないと笑ったわたしに、彼はただ優しく微笑んだ。 もしかしたら彼だけが知っている、桜の咲いている場所があったのかもしれない。わたしに、たった一人、わたしだけに教えてくれようとした、そんな場所が。 ――だけれど今となっては、その真偽は確かめようがない。 彼はもう、この世界にはいないのだから。 『でも、桜が本当に咲いてたら、とてもカヲルに似合うね』 『それは僕の台詞さ』 ありえないよと否定しようとして開いた唇は、あまりにも真剣な彼の表情に閉ざさざるをえなかった。 『杏樹は、桜みたいに綺麗だからね』 そうやって、そうやって、今にも消えそうな儚い笑みを浮かべる。 今ならば言えた。そんな顔しないでほしい。もっとちゃんと笑顔を見せて。 ただあのときは何も気づかずに、「お世辞でも嬉しいよ。ありがとう」と馬鹿みたいにはにかんだだけだった。 あなたがいない世界で、あなたのいない場所に立っているわたしを見たら、あなたはどう思うだろう。 あなたを失って、悲しんで、苦しくて、辛くて、どうしようもない日々を乗り越えて、それで、道の真ん中で立ち止まっていることをやめたわたしを、どう思うだろう。 どうか、どうか許してほしい。 あなたなしで生きていくわたしを許してほしい。 あなたがいなくなっても、生きていけるわたしを、どうか、赦して。 * 「――杏樹? こんなところで何してるの?」 夜の甲板、声をかけられて振り返る。そこにはあの人と逢瀬を交わした、もう一人の少年がいた。 長い歳月の中で積み上げてきた存在理由は、彼の死をきっかけにしてぼろぼろと崩れ始めた。しかしまた積み木のように形作り始める。自分の比類ない残忍さに溜息すらでなかった。 「シンジか。……うん、ちょっと、眠れなくて」 苦笑気味に零す。 優しいシンジは「……そっか、」と言って俯いた。 数多の星が煌めく月のない夜の下、一瞬だけ表情に、隈が浮かびあがっているのが見えた。 きみはそのままでいいんだよ、と口の中でだけ呟いて、ゆっくりと視線を上げた。 青みがかった真っ黒な空に空いたいくつもの小さな穴に、地上に降り注ぐ希望のように、数えきれないほどの光が瞬いた。 あのとき言えなかった言葉もなにもかも、この大きな宇宙が呑みこんで掻き消してしまえばいい。 空や宇宙は、わたしたちを柔らかに包み込んでくれるなんてことはなく、そこに悠然と構えているだけなのだと十数年前からとっくに知っているというのに。まだそんなくだらないことを思う。 それでも懲りずに絶えず浮かんでは消えていく思いに、わたしは決して解けないように鍵をかけた。 ――もう二度と、開くことのないように。 ( 本当の気持ちを隠して ) ▼ 主題歌『桜.流.し』をイメージしてますが、どちらかというとまだ立ち直ってない一番の歌詞を投影してます。少しだけ桜の花言葉もイメージしてみたり 2013/07/09(2013/07/10up) ←back |